9話「王都への支度」
七歳になった。
今日も今日とて書庫に入り浸っては、机に本を広げ、木製の椅子に腰を深く据えていた。
「魔法概念について──。魔法とは、人が体内に持つエネルギー【魔力】を代償に、森羅万象を顕現させる祝福であり、魔法の【属性】には個人の才能が関与しているが、【固有魔法】の有無や種類も才能に相違ない、か」
私はいま、魔法概念についての本を読んでいる。
魔法といえば、小さい頃にテレビでみていた魔法少女に憧れていたけれど、それとはどうも違うらしい。
無限の夢と可能性に満ちているアニメと、幾つかの制限の上で成り立つトラオムでは、些か差があり過ぎる位だ。
この摩訶不思議な現実に疑問が尽きることはない。
(ん〜……火、水、風、土、雷、光、闇、無、八つの属性があるけど、私の魔法の属性って何だろう? それに固有魔法といえば、ゲームに出てくる主人公フレンの【|人の希望を示しは光の聖女。故に私は祈るです。《ゲベート・アム・リヒト》】が光の固有魔法、だよね? 私にも何かしらの固有魔法があったりするのかな? でも、魔法の使い方なんて私には解らないし……)
ままならずガッカリしながらも、ペラリと次のページへと捲っていく。
「魔力について──。魔力とは、大気に存在する未知のエネルギー【魔素】を体内に取り込み、魔素を体内に巡らせる細胞【魔脈】から、魔素を魔力に変換させる器官【魔臓】を通ることで精製される力である。また、この魔脈と魔臓は魔物にも確認されており──、妖種、龍種、竜種、獣種、鳥種、魚種、虫種、草種、といる魔物の全てが魔法を使用することが可能である。そして、龍種と妖種には固有魔法を使ってくる個体も確認されている……」
魔力に魔素に魔脈に魔臓──そして八種類ある魔物に、固有魔法ですら使ってくる妖種と龍種……。
知ってる情報も知らない情報も、色々なものがごちゃ混ぜになって、知識として脳に押し寄せて来た。
それはさながら、バーゲンセールで戦う主婦方の様で、詰め過ぎたせいか思わず溜め息が出てしまう。
「はぁ・・・色んな固有名詞が多くて大変だ……。それにしても魔法……魔法かぁ……使ってみたいなぁ……魔法」
「魔法、良いですよね……お嬢様」
私がボヤいていると、隣から声が聞こえてきた。
それは毎日のように聞いている声で、なんの気も無い私は本に目を通したまま言葉を返そうとするが──、
「うんうん。私、魔法使ってみたいなぁ……って、いつの間に来てたのダリア!?」
ダリアのあまりの隠密性に驚きを隠せず、そちらの方へと視線が向いては、椅子から立ち上がってしまった。
そしてそこには私とは対称的に、ニコやかな笑みを浮かべているダリアの姿があるばかり。
ほとほと何が面白いのやら……といった感じなのだが、当のダリアはどこ吹く風状態。
その証拠とばかりに、ダリアが口を開いた。
「うふふ……お嬢様でも、そんな驚いた顔をすることがあるのですね……? ちょっとだけ意外です」
「そ、そうかな? そんなこと無いと思うけれど……。それよりダリアは、私に何か用事があるの? そのために此処に来たんじゃない?」
「あっ、そうでした! お嬢様、レーヴェ様とコルン様がレン様と外でお待ちですよ?」
「ふむ……? 外、ですか……分かりました。言伝、ありがとうございますね。それでは……………………えっ?」
外に向かおうとすると、ガシッと腕を掴まれた。
ダリアが意味深な笑みを浮かべている。
「うふふ……嫌ですわぁ。まさか、そんな格好で行くだなんて無粋、致しませんよね?」
「そんな格好、だなんて……ただの練習着ですよ?」
三歳後半、剣を握るのに足る身体になって以降は、父に貰った木剣を使って素振りをするようになっていた。
素振りをするときは何時も、黒のブラウスに黒のロングズボン、そしてブラウンのベルトを練習着として着込んでいるのだが。
朝練の素振りを終えると、こうしてその練習着のまま、書庫に入り浸っている。
つまり、今の私の格好とはそういうことなのだ。
「おほほほほ。前々から思っていましたが、確かにその格好もお似合いになられています。ボーイッシュ的な格好良さを兼ねながら、ルカ様の地の可愛らしさが相まって、それはもう愛らしさの相乗効果を得られています。ですが!可愛いには可愛いを、だって良いじゃないですか!」
やだ、ちょっと興奮してて怖い……。
私昔から私服にはあまり拘りが無かったから、それこそ道着が私服みたいな感じで…………って、それは嘘か。
そういえばウサミミパジャマとかよく着てたっけ。
「そ、そうですか……?」
「そうです! なので、おめかししてから行きましょう。というか、そのように仰せつけられておりますし!」
フンス。そんな声が聞こえたような気がした。
「あ、あはは……」
・・・
私の私室に来ていた。
ここには私の色々な服があるからだ。
そして私の部屋には、五年前にダリアがプレゼントしてくれたクロッカスの花が、綺麗な瓶に大切に生けてある。
「うむむ……これも似合う、あれも似合う……これは時間が長くなる予感が……」
「長くなっちゃ駄目なんじゃ……。それにずっと気になっていたんですけど、何でワンピースばっかなんですか?」
ダリアが私を着せ替え人形にしている。
それはもう、あれやこれやと着せられていた。
例えば白のワンピースやら、ピンクのワンピースやら、水色のワンピースやら……と、ワンピースばかりである。
だから私はダリアに聞いたのだが──、
「えっ? だってお嬢様、ドレスは動きづらいから嫌だって言っていませんでした?」
そう、素っ頓狂な顔で返されてしまった。
「た、確かに……ドレスよりかは、ですね……」
「でしょ? だから私は──って、ああああ!!これだぁああああああ!!」
「急になに!? ・・・って、赤のワンピース?」
ダリアの手に見えるのは、まるで薔薇の様に艶やかな赤が基調の、至ってシンプルなワンピースであった。
「これです! お嬢様の燃え盛る炎の様な赤い瞳とバッチリ相性が良いです! これにしましょう!」
ここまで愉しそうにされてしまうと、何故か私の方まで嬉しくなってくる。
だからなのだろう、このとき私はコクリと頷いていた。
「それじゃあ決まりですね。それでは早速、お着替えといきましょうか!」
ダリアが私の着替えを開始した。
本当は私が一人で着替えをしたいのだが、如何せんワンピースを一人で着るのは難しく……。
手間をかけて悪いなと思いつつも、まだ禄に自分で着替えが出来なかった頃からの、ダリアの好意に甘えている。
しかし、当のダリアは気にしていないようで、「ふんふんふーん」と鼻歌を歌っては楽しげにしているのだ。
悪いなと思う気持ちも、薄まっていくというもの。
(んー……手間をかけて悪いけれど……有難いんだけど……そう嬉しそうにされると複雑な気分になる……)
と、そんな風に私が考えていると、ダリアの鼻歌がピタリと止まった。
「あ、そういえばですけど、お嬢様。さっき、魔物関連というか魔法関連の本をお読みになられていましたよね?」
それは先程見ていた本のことだ。勿論覚えている。
「えぇ、そうですね? それが、どうかしたんですか?」
「ダリア様はここ『エーデル辺境伯領』の近くに、【魔の大陸】と呼ばれる魔物の巣窟があることをご存知ですか?」
「・・・・・・トイ、フェル!? トイフェルって百年に一度魔王が誕生する、あのトイフェルですか!!」
トイフェルとはそれ即ち、禁じられた魔の大陸。
ゲームではラスボスである魔王が誕生し、主人公フレン達が討伐に乗り込む、決戦の地でもあるのだが。
何よりも留意すべき点は、全国各地に存在する魔物よりもレベルが段違いに高く、しかも連鎖的に生まれる点だ。
ゲームの方では近くの村を、高レベルの魔物の大群が襲うイベント【魔物行進】があり、初見攻略では何度か数えるのも馬鹿らしい程に全滅させられた記憶がある・・・。
そんなトイフェルという単語が、しかも此処の近くにあるという事実と共に出てきたのだ。
私の反応は当然のものでしかなく……そも、此処がそんなに危険な場所だとは思っていなかった。
「凄く驚かれていますね、お嬢様」
「それはまぁ……。私、今まで一度も魔物と出会ったことがないので……もっと安全な場所なのかと……」
「大丈夫ですよ、お嬢様のおっしゃる通り此処は国で一番安全な領ですから」
ダリアは此処が一番安全といった。
そこには確かな自信があるようだが、それが何故なのかは私にはよく分からない。
「確かに今まで大丈夫ではあったけど……」
「それはそうですよ。なにせ、お嬢様のお父様とお祖父様が此処を護っているのですから」
「ん…………? なんでお父様とお祖父様が? 確かにお二人は強く、それでいてよく魔物を討伐しに、この家を空けることが多いですが・・・・・・って、っ!?」
「ええ、その通りです。お二方様がこのエーデル領を、そして何よりもこの国を守護なされている、シュヴェアート最強の騎士様ですよ? それに今は現役を退いているアルト様も、この国で十本の指に入る実力の持ち主です」
「えっ……えぇ…………(絶句)」
──絶句。絶句である。
この衝撃はまるで、親がスーパーヒーローやら魔法少女だったと、そう聞かされた時のそれに近しいのだろう。
いやまあ・・・そんなのあってたまるかって話ではあるのだろうが、これが現実なのだ。
事実として受け入れよう……うん。
「はい、お着替え終わりました、と」
背中のリボンをギュッと締めたダリアが、「ふぅ……」と一息を入れた。
どうやら私の着替えが終わったようだ。
目の前にある鏡には、絹の様に繊細で艶やかな黒髪と、思わず吸い込まれてしまう深紅の赤眼。
そして赤子のようにハリのある白の柔肌の、そんな私に可愛らしい薔薇色のワンピースが、よく似合って映る。
それは、我ながら可愛いらしいと思うほどで──、
「あ、ありがとうございます……」
──自分の姿に照れてしまったからか、ダリアへの感謝を口にするとき、些か言葉が詰まってしまった。
これに私は一瞬、笑われてしまうだろうか?とダリアの方をチラリと見るが、そうでもないらしい。
ダリアは「いえいえ、大丈夫ですよ」と私にいうと、「お嬢様、凄くお似合いですよ」と微笑んだのだから。
「それじゃあ、外に出ましょうか。お送りいたしますよ」
「はい、ありがとうございますね!」
こうして私達は外へと出て行った──。
◆◆◆
麗らかな空の下、祖父達は馬車の手前で待っていた。
三人は私達が来たのに気づくのが早いか、それぞれ私達に言葉をかける。
「おう、やっと来たか! ルカ、赤のワンピース似合ってて可愛いぜ?」
「えぇ、本当に似合っていますよ。ダリアも、ルカの準備をありがとうね」
「いえいえ。これが私の仕事ですから」
「お姉ちゃん可愛い!」
レーヴェ、コルン、レン──。
見事三人全員が、私のことを可愛いといってくれた。
レンに関しては、屈託の無い可愛らしい笑顔で云うものだから、此方も顔が綻んでしまった。
「ふふ、ありがとう」
が、しかし、それはそれ。
待たせたことへのお詫びは大切だ。
私は三人の目を真っ直ぐに見ると──、
「お待たせしました。ルカ・エーデル、参上しました」
──スカートの裾を両手で軽く持ち上げ、右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げての礼、『カーテシー』をした。
「急だったしな、全然気にしなくて大丈夫だぜ?」
「ふふ……それにしてもルカ、淑女としての礼が教えた通りに出来ていますね。偉いですわ」
「痛み入ります」
より深く腰を下げると礼を終え、頭を上げた。
するとレンが「お姉ちゃん綺麗!」と抱き着いてきた。
私はレンの純白の髪を優しく撫でると、先程から思っていた疑問を言葉として祖父に投げかける。
「それで、これから何処に行くのでしょうか? 馬車まで用意していますし、遠出ですか?」
「ああ。今からシュヴェアート王都、──城に行くぞ!」
「・・・へっ?」
こうして私達一行は、シュヴェアート王都の城へと向かうことになったのだった。
「それでは皆様、行ってらっしゃいませ。無事のお帰りを願っておりますわ」
(聞いてないってそんなことおおおおおお!!!!)




