8話「レン・エーデル」
私は三歳になっていた。
相も変わらず"家族だけど家族じゃない"様な疎外感が、私とみんなの間に巨大過ぎる壁を作っていた。
だから私にとっては家族ごっこでしかない。
無償の愛を育んで、時折自分で育てた花を見せてくれるアルトのことを、お母様と呼んでも思わず。
親バカなのか何かと構ってきて、時折剣の鍛練を見せてくれるシュタルクのことを、お父様と呼んでも思わず。
家のためによく魔物と戦ってきて、時折昔話をしてくれるレーヴェのことを、お祖父様と呼んでも思わず。
淑女の礼儀を教えてくれて、時折みんなに内緒で一緒にお茶をするコルンのことを、お祖母様と呼んでも思わず。
そうやって、今まで過ごしてきた──。
何処か、同じ家に住んでるだけの他人の様に感じる。
居心地は悪くは無いけれど、私達が本当の意味で家族であったことは一度も無い。
私にとってはダリアの方が母であり、唯一心の底から落ち着いていられる存在なのだ。
騙してる罪悪感も生まれないし、雁字搦めになる違和感もないし、責任感を感じることもない。
本当にダリアは気兼ねなく一緒に居られる。
だって、──家族じゃないんだから。
「はあ…………。こんなこと考えてる私に、みんなの家族を名乗る資格はあるのかな……」
これが剣崎陽依の本心であった。
◆◆◆
「オギャー! オギャー! オギャー!」
三人の家族とダリアに見守られ、新たな命が一つ、この世に生まれ落ちてきた。
その子は腹から出るが早いか、元気な産声を上げては、己が誕生したことを私達に知らしめている。
外野はこれを聞くとホッと安心するが、助産師を兼ねているダリアはまだ気を抜かず、すかさずに処置を行う。
臍の緒を切り、血と羊水で汚れた身体を綺麗にし、服を着せておくるみで包んでいく……。
やがて処置を終えると、出産で疲労しているアルトが泣きそうになりながらも、生まれたての我が子を抱いた。
「初めまして、レン。私が、ママよ…………」
「オギャー! オギャー! オギャー!」
「ふふ……元気に生まれてきてくれて、本当に良かった」
これは前にダリアから聞いたことなのだが、私が生まれたときもアルトは泣いていたらしい。
それも、今よりもずっと強く、そして長く……。
ダリアは「それだけ我が子を愛しているの」とも言っていたが、私にはそのときのダリアが儚げに映った。
「お疲れ様。よく頑張ったね……ありがとう」
今までずっとアルトの隣で手を握って見守っていたシュタルクが、感謝を口にしながら背中を優しく摩る。
そのとき出産が無事終わったのをやっと実感したのか、緊張の糸が解けてアルトが先程よりも泣き出した。
「うぅ…………私、ちゃんと元気に生まれてきてくれるのか心配で、不安でぇ……。でも、でもぉ……」
「あぁ……あぁ……。大丈夫、大丈夫さ。それよりさ、今は嬉しいんだから笑わないと。さっきからずっと、レンに泣き顔ばっかり見せてるよ?」
背中を摩っていたシュタルクが、アルトの両頬に手を優しく添えると、その口角を無理やり上げる。
「ほら、笑って笑って? ニコー」
「グスン……うん、分かった……。ニコー……」
「うん。やっぱりアルトには、笑顔のが似合う」
「えへへ。そうでしょ?」
それは下手くそで不格好な笑顔だった。
涙は止まらないし、口角がヒクヒクしてる。もはや不細工が過ぎて、笑顔とは程遠い表情だ。
他人が彼女を見たら笑うだろうか?
それとも悲しくなってしまうのだろうか?
限りなく他人である私ではあるけれど、
私には彼女の笑顔が、どうしようも無く素敵に見えた。
母親ってこんなにも強いものなのだな、とそう思った。
──この気持ちだけは嘘じゃなくて本当である。
「……それじゃあ、はい。貴方も、レンを抱いてあげて」
「ああ、分かった」
「そっと、優しくよ?」
ニコリとはにかんだアルトは、すっかり眠りに付いている赤ちゃんを、そっと丁寧にシュタルクに渡した。
シュタルクは受けとると、その寝顔を穏やかで優しい父としての表情で子を見つめる。
「可愛いでしょ?」
「ああ。お前との子さ、可愛いに決まってる」
このとき、何故かシュタルクと目が合った。
シュタルクはニコリと微笑み、こちらへとやって来る。
「ほらルカ。弟のレンだよ」
私の目線までしゃがみ、弟を見せてくれた。
今もスヤスヤと眠っているが、どことなく庇護欲がそそられる愛らしさを感じる。
(赤ちゃんは何処の世界でも可愛いものね……)
「初めまして。私がルカ。貴方のお姉ちゃんです」
「あー、うー……」
これは返事なのだろうか?
出来る限り小さな声で挨拶をしたつもりが、どうやら起こしてしまったみたいだ。
「あら、起こしちゃったかしら? ……ん?」
レンが私の方へと、その小さくて弱々しい手を伸ばしているのに気づき、私は人差し指をそっと差し出した。
「はい、どうぞ」
レンの小さな手が、私の指をぎゅっと握る。
(ふふ、あたたかい……)
そう、柔らかな笑みを私が漏らしたときだった。
まるで私に連動するかのようにレンが声を発し──、
「うぅー、あ~~~っ!」
──そのとき、レンが私に笑ったように見えた。
「………………わらっ、た、の……?」
新生児微笑。生後まもない赤ちゃんが、神経の反射で笑って見える現象。そう、ただの現象でしかない。
そんなことくらい──、私だって知っている。
分かってる分かってるんだ、私に笑っているんじゃないってことくらい……。
でも、それでも・・・。
どうしようもない私には、「お姉ちゃん」と呼んでくれているような気がした──。
家族みんなに壁を作って疎外感を感じてる私にとって、初めて本物の家族の温もりに触れた気がした──。
剣崎陽依だって此処に居ても良いんだよって、そう言ってくれている気がしたんだ──。
(あれ……何で私、泣いて……)
憂いた心の霧が晴れたような気がした。
感涙で顔がグチャグチャになっていた。
「ルカ?泣いてるのか?」
「ルカ……どうしたの?」
「何処か痛いのか?」
「大丈夫?どうしたの?」
シュタルク、アルト、レーヴェ、コルン──。
シュタルクは頭を撫でてくれた。
アルトは温もりを感じる眼差しで見てくれた。
レーヴェは背中を優しく摩ってくれた。
コルンは私の涙を拭ってくれた。
それは四人の、私への本気の心配、愛であった。
(たった三年同じ家で過ごしただけの他人なのにね……)
「ルカお嬢様…………」
ダリアが含みのある声で私の名前を呼ぶ。
「うー…………」
レンが慰めてくれているように、いつの間にかに離れていた手を伸ばす。
私はレンの手を取ると感謝を口にしていた。
「うん、大丈夫……。ありがとう、レン」
これが私と大切な家族『レン』との出逢いであった。
◆◆◆
──四年後。
「まって……まってよルカお姉ちゃん!」
「仕方ないわね? はい、手。繋ぎましょう?」
「うんっ!!」
私がレンに手を差し出すと、これをレンはニコリと微笑では嬉しそうに掴んだ。
その様子を後ろの方を歩いている祖父と祖母が、微笑ましそうに見ている。
「ガハハ、二人は仲が良いのう!!」
「ふふ……本当ですね。それにしても、ルカもレンも凄く楽しみにしてるのね」
「うんっ! ボク、すごくたのしみだよ!」
「それもそうよね! なんたって今から、初めてお城に行くんだもんね!」
ルカ・エーデル七歳、シュヴェアート城にて。
この日、運命の二人が邂逅するのであった──。
『ルカさん、ですか……。仲良くなれると良いな……』




