7話「花の二人と花冠」
それは天国と見紛う光景。千紫万紅のエリュシオン。
軽やかな風が多種多彩な花弁を乗せ、私の頬を撫でるように舞っている。
それが何とも心地好くて、息が詰まっていた。
「・・・・・・」
私は知らなかったのだ。この世界には、こんなにも美しくて清らかな、心安らげる花の園があることを。
ストレスの溜まったこの心が、まるで誰かに優しく抱き締められる様に、絆され癒されていく。
が、しかし悲しいかな。私は「キレイ・・・」と簡単な言葉でしか、この光景を表すことが出来なかったのだ。
これは私の幼さであり、齢十六が聞いて呆れるけれど、二人はクスッと愉しげに笑うと語り始めた。
『そうでしょ? 私とダリアの思い出の場所なんだ』
「ええ……懐かしいですね……。私達、ここで出逢ったんでしたよね」
『うんうん。確かあの日も今日みたいに、涼しく気持ちの良い晴れやかな昼下がりだったよね──』
・・・
私は■■■で生まれた、■の■■。
■■■くれたレーヴェを親と慕い、物心着いたときから胸で響く使命の為だけに、空虚な日々を過ごしていた。
そんな私の心に在ったのは、家族だけど家族じゃないような疎外感だけで、淀んだ悪感情が精神を蝕んだ。
それはアルトが生まれてからも同じだった。所詮メイドの私と主のアルトでは、友達には成れやしないのだ。
私はずっと、自分には居場所が無いと、心のどこかで壁を作って暮らしていた。──そんなある日のことだった。
「独りはもう嫌・・・寂しいよぉ・・・なんで誰も本当の私を見てくれないの、分かってくれないのぉ…………」
泣いている私が人知れず散歩をしていると、街外れに見つけた広大な花畑で、一人の少女と出逢った。
その少女が後の親友となる──マリーだった。
マリーは私を見つけるや否や、一人寂しそうにしている私を誘っては、あれやこれやと花の話をした。
花々を指差して、『これがクロッカスの花で、これがマリーゴールドの花だよ』と、懇切丁寧に教えてくれた。
最初こそ興味は薄かったが、徐々に聞いているうちに、花とマリーにも興味を持ち始めていた。
「マリーはどんな人なんだろう?」と、今まで意識していなかった部分が気になっていた。
だから私は何の気なく、マリーのことを見ていた。
「えっ・・・なんで・・・・・・」
私は絶句した。マリーの瞳は光の無い空虚そのもので、その声色に微塵の感情も感じ取れなかったからだ。
もし心があるのが人間だとするのなら、中身の無い形だけのマリーは、ただの木偶人形に他ならない。
そのくらいにマリーの心は、完全に死んでいたのだ。
私は絶句したが早いか、このとき、同じくらいの気持ちで同情もしていた。
だってマリーは私にとって、合わせ鏡に映る自分自身の様に感じたからだ。
「マリーも居場所が無いんだ……まるで、私みたい……」
そう想ったからこそ私は、何も言うことなくマリーの隣に在り続けていった──。
やがて月日を経た私達は、寂しくなくなっていた。
木偶人形は中身のある可愛らしい人間になっていた。
そんな私達は何時しか、大切な存在へとなっていた。
マリーは私の知らないことを知っていた。
よく二人で花の冠を作っては、交換して被ったり。
広大な花畑を二人で駆けては、寝っ転がって笑ったり。
暖かくてポカポカする日は、一緒にお昼寝もした。
マリーは楽しいことを教えてくれて、数え切れない時を共に居てくれて、帰る時は『またね』って言ってくれた。
それがどれだけ私を救ったのか、当の本人であるマリーは知り得ないだろうが、それでも私は感謝している。
だって私はもう、独りじゃなくなったのだから──。
「マリー。私達、親友だよ!」
『ええ、ダリア。私達、ずっと親友だからね!』
これが二人の少女──。
心に居場所の無いダリアと、心が死んでいたマリーの、出逢いの物語の一片である。
・・・
「これが、私達の出逢いだったよね」
『ええ。あのとき、ダリア寂しそうに泣いてた』
「だからこそ二人は、こんなにも仲が良いんですね」
私達はみんな、花の冠を作りながら昔話をしていた。
二人が懐旧に浸る姿に私は、何処か歓びを感じつつも、やるせない気持ちでいっぱいになっていた。
それはきっと、私も同じだからなのだろう。
だって『ルカ・エーデル』になりきれない『剣崎陽依』には、この世界に居場所なんて無いのだから・・・。
「はい、これ。ルカお嬢様に──」
胸の中に寂寞が広がる私に、笑みを浮かべるダリアが、可愛らしい花の冠を被せてくれた。
それが何だか照れ臭くって──、
「とってもお似合いです。可愛いですよ?」
『うんうん、可愛い可愛い。超、似合ってますよ』
「(そんな歳じゃないのに……)も、もう・・・」
──心に満ちていたネガティブな気持ちが、まるで月夜に照らされた泡沫の様に、弾けて霧散していった。
『じゃあさ、これはダリアにあげる!』
マリーは自分が作った花冠をダリアの頭に被せた。
これにダリアが「あ、ありがと……」なんて可愛らしい反応をするものだから、私とマリーは二人揃って「可愛い」とクスッと笑い飛ばした。
「も、もう・・・」
『それ、お嬢様と同じ反応じゃん!』
「確かに私と同じ反応、ね……ふふっ」
ダリアを揶揄うと、「ぐぬぬぬぬ……」と何やら猫の唸り声のようなものが聞こえてきて。
そこには、顔を沸騰させているダリアがいた。
「ぎしゃあああっ!」
「『………………っ!?』」
爆発したダリアが、マリーに飛びかかった。
『なんで私に来るのー!!?』
「マリーの所為でルカお嬢様の前で恥かいたぁああ!」
『しーらーなーいー!』
「ホント楽しそうね二人共」
マリーはダリアの不意打ちを避けると、この広大な花畑を逃げるように駆け巡る。
これを私は遠目で座って、微笑ましそうに見ていた。
私の瞳には舞い散る花弁と、仲睦まじい二人が映る。
「ここだあああああ!!」
『いやああああああ!!』
「あっ、捕まった……」
赤面顔のダリアが捕まえたマリーの頬を抓り、横や縦に軽く引っ張っては、ギャーギャーと文句を言っている。
「私に恥をかかせたのはこの口か!?この口だな!」
『ひぃー!痛いれすぅ!やめれー!』
涙目なマリーの頬は赤く腫れて、まるでリスのような、ハムスターのような形をしていた。
なので流石に止めるべきだと思い果て、「ダ・リ・ア。もう、その辺で辞めなさいな」と、間に割って入った。
「ごめん、マリー……」
『ら、らいじょうぶれす……』
犬の様にシュンと謝罪するダリアと、明らかに大丈夫じゃないマリーの対比。
それが何とも面白くて、私達は顔を見合うと──、
『「「ぷッ……あははははは!」」』
──みんなして花畑に倒れながら笑っていた。
『愉しいねぇ~』
「こういうのも久しぶりには悪くないわね」
「ええ。凄く、愉しいです」
愉しい。それが嘘偽りの無い本心で。
花の冠を抱き締めている私は、チラリと横を見た。
そこには手を繋いでいる二人の姿があって、これを微笑ましそうにしていると、マリーと視線が交わした。
何やら私に言いたいことがありそうで、ダリアと私を行き来して見ているので、迷っているのだろうと分かる。
が、しかし。マリーは決心をしたのか、私自身が思いもしなかったことを言ってきたのだ。
『お嬢様って、何だか大人っぽいですよね』
「・・・へっ?」
『少なからず二歳?には見えないです』
「マ、マリー……それは……」
なるほど。と、自分でもそう思った。
思い返してみれば確かに、私は年相応な言動をすることはあまり無いかもしれない。
それこそ、たまぁに年齢を盾にした悪戯をするだけで、何時もは十六歳の私として対応をしているからだ。
ならばこそ普通の人は、二歳であるルカ・エーデルと、十六歳である剣崎陽依にギャップを感じるのが必然。
逆に考えてみれば、今まで誰からも突っ込まれなかったのが可笑しなくらいである。
(んー・・・二歳のフリした方が良いのかな……?確かにこんな二歳児気味が悪いよね……)
そう思い立った私が、あまりに遅過ぎる二歳児のフリをしようとしたとき。ダリアが口を開いた。
「マリー……ルカお嬢様はね、選ばれしギフテッドなの。生まれたときから他の人とは違う。この世界を背負うに足る特別な力を持つ方なのよ……」
それは、助け舟と呼ぶには重すぎた。
心に残り続ける名を知らない女神の願いが、私の小さな胸に直接伸し掛るように響いてくるのだ。
特別という言葉が、呪いに感じて仕方がない。
けれど、それは私にはどうしようもなくて、胸に抱き締めていた花の冠で顔を塞いでいた。
『そっかぁ……選ばれた人、か……。うん、確かにそうなのかもしれないね? でもさ、私はさ……どんなに凄い英雄英傑でも、他の人と違うってこと無いと思うんだ』
「────────」
『だってさ、同じ生きている人間じゃんか? だったらさ普通の人と同じようにさ、嫌なことがあったら苦しくなるし、痛くなったら泣いちゃうし、嬉しくなったら笑うんだよ。それならさ、それはきっと私達と同じ……心を持って足掻いて生きてる一人の人間だよ・・・』
それは本来、私が当たり前だと思っていたことだった。
もし私が同じ立場だとして、同じようなことを言っていただろうと、そんな確信すらあるのだ。
だからこそ私は、余計にその言葉が刺さっていた。
しかし、それはどうやらダリアも同じようで、嬉しいような悲しいような、そんな割り切れない顔をしていた。
「そっか・・・マリーはそう言うよね。ありがとう……」
『えぇ~?何でダリアが感謝してるのよ〜? って、まあ冗談だけどね……? それよりさ、今は楽しもう! かけっこしたり、お昼寝したり、さ?』
「何それ。マリー、子どもっぽい……ふふ」
「じゃあ私はお昼寝するー! 二歳だし?」
『良いねー!そうしようそうしよう!』
マリーの言葉を皮切りに、私達は気持ちを切り替えた。
三人で花畑を駆け回ったり、疲れては寝っ転がったり、色々な世間話をしたり、と──。
私達はこうして、有意義な一日を過ごしいった。
「もう良い時間だし、そろそろお開きにしましょうか」
「ええ。それに早く帰らないと、コルン様やアルト様にドヤされてしまいますしね」
『そっかぁ~……それじゃあ、「またね」だね』
こうして私達は、互いの時を分かつことにした。
それは、清々しいほどに青く澄み切った空が、オレンジの温かさを孕んだ頃のことであった──。
「「またねっ!」」
◆◆◆
私達は帰宅途中、マンテルの街の中心で、とある大きな建物を横切って行った。
それは豪華絢爛な外観をしていて、その看板には大きな文字で『冒険者ギルド』と、そう書かれてあった。
やがて・・・家に帰り終えた私は家族に挨拶をする。
「お父様、お母様、お祖父様、お祖母様──ただいま帰りました」
私の口から出ていたのはそう、記号であった──。




