6話「ダリアと領内散歩」
澄んだ青空の下、人々の営みがそこにはあった。
私はダリアと二人、エーデル領の街を散歩している。
「ルカお嬢様……コルン様との淑女磨きで、最近とても大変そうですよね」
あの日、私が立てるようになってから幾許かして、コルンが私の教育係になっていた。
主な教育は三つ、『礼儀』『教養』『嗜み』である。
礼儀では、淑女としての立ち振る舞い方に、誰も彼もを魅了する美しい礼の仕方を──。
教養では、文字の読み方は理解しているので、簡単な地理や歴史・経済などの知識に、使える社交辞令を──。
嗜みでは、お紅茶をシバキながら菓子を食べ、将来で私が恥をかかないようにとダンスを──。
私はほぼ四六時中、学んでいるのだ。
故にこそ、私と手を繋いで街を歩くダリアが、そう苦笑いを浮かべたのだろう。
が、しかし、私にとっては特別大変だとも思わない。
何せ前世の祖父との稽古の方が、山篭りだの滝修行などで特段大変だったからだ。
「んーん。お祖母様の授業楽しいし、苦でもないよ。私よりダリアの方が色々と大変でしょ?」
それはそうだ。ダリアは私のお守りだけでなく、他のメイドを束ねたり、家事のあれこれをしているのだ。
客観的視点からして私の苦労とダリアの苦労、比べることすらも烏滸がましいというもの……なのだが。
「んー……そうでも無いですね? 私、何だかんだ二十四年間も居ますから。慣れた、というものです」
そう、ニコリとした笑顔でいわれてしまった。
「そうですか……無理が無いようならよかったです。それにしてもダリアって、二十四歳なんですね?」
「ええ、そうですよ? それがどうかしましたか?」
「いえ。お若いのに家のメイド長で凄いなって。それに、その剣といい、かなり腕も立つようですし……」
私の視線はダリアが腰に差している剣へと向いていた。
それは今まで見たことの無い得物で、先程からずっと気になってはいたのだが、ダリア共に凄まじい圧を感じる。
いや……その凄まじい圧すらもが、ダリア自身によって手加減されているような、そんな気さえするのだ。
しかしダリアは「よく分かりましたね」と、何処か嬉しそうな、されとて哀しそうな表情を浮かべた。
その表情の機微について私には想像し難いが──、
「これも、ルカお嬢様を護るメイドの嗜みです!」
──と、笑って流されてしまったので、私にはそれ以上踏み込むことが出来なかった。
「ダリアは凄いわね……私には出来ない。……尊敬だわ」
「へ〜?ふーん? ルカお嬢様が私のことを……尊敬してくれている、ですか……ふっふふ……」
ダリアの顔に影が宿った。かと思えば、二ヘラと口元を緩めて笑った。
それに私は引き気味に、「ええ……まぁ……?」なんて肯定の意を告げると、ダリアが私の肩に手を添えてきた。
「ではでは。一度で良いので、私のこと、ダリアママって呼んでくださいませんか!?」
「へっ……?」
興奮しているダリアが変なことを言ってきた。
唐突な出来事で私は呆然し、変な声が出てしまった。
「お願いします! みなさんに内緒で一度だけ!」
「い、いやいやいや……べ、別に言うのは良いですけど、急にどうしたんですか!?」
「い、いや……そ、それは…………ただ、呼んでもらいたいだけですよ?」
「(一瞬、なんか悲しげなためがあったが……)まあ、それだけで気が済むなら、分かりました」
ダリアの願いに応えることにし、「本当ですか!?」と嬉しそうにする彼女を裏に私は、コホンと咳をして──、
「ダリアママ、何時もありがとう! 大好き!」
──嘘偽りの無い本音を、少々の幼さと共に告げると優しく抱き着き、ダリアの背中を優しく撫でた。
するとダリアが、私のことをぎゅっと強く抱き締めて、「愛してるわ」と涙ぐんだ声で呟いたのだ。
私はこれを聞いていない振りをして、そっと静かに瞼を閉じると、ほんの少しの時間をこのまま過ごした・・・。
「ありがとうございます……ルカお嬢様……」
「いえいえ、これくらい大丈夫ですよ、ダリアママ」
「ひゃいっ!?」
「ふふっ。あ、それはそうと……今日って、一体何処に行く予定なんですか?」
私の半笑いにダリアは赤面しながら、その透き通る海の様な青の髪を梳き、その場で立ち上がった。
それに私も釣られて立ち上がると、「今日行くところはですね……えへへ」と二人手を繋ぎ、また歩みを進めた。
『うふふ。ダリアったら、昔はあんなに小さかったのに、今ではまるでルカお嬢様のお母様みたいね』
『そうだねぇ……ダリアもだがルカお嬢様も、日々スクスク育っていらっしゃる御様子』
『それもこれも、レーヴェ様にコルン様、シュタルク様にアルト様が、お役目を果たして頂いてるおかげだ……』
『ああ。これでここ、マンテルの街も安寧ってものさ』
それは私達の一連を、遠目に眺めて涙ぐんでいた人達。
パン屋のおばちゃん、果物屋のおじいちゃん、武器屋のお兄ちゃん、服屋のお姉さん──。
そんな、今までの散歩で関わって来た街の人々だった。
みんな優しくて親切にしてくれるので、私にとっては良いご近所さんって感じである。
が、しかし。それほど近しい人達でもあるのだ。
ダリアが「うっ……うぅ……恥ずかしいです……」と、先程までとは桁違いの赤面をするのも理解出来る。
「どうどう、ダリア。それで、何処に行くんですか?」
「あっ、ああ……それは、ココです……」
ダリアが指差したのは花屋だった。
「花屋、ですか?」
「ええ。今日はルカお嬢様にプレゼントが……」
『あっ、ダリアだ! 約束の花、あるよー!』
花屋の人と思わしきうら若いお姉ちゃんが、友達なのだろうダリアに手を振って微笑んでいる。
私達はそちらの方に歩いて行くと、『あら。ルカお嬢様もいらっしゃったのですね』と、二人の目が合った。
「どうも、はじめまして。ルカ・エーデルです」
『これはこれはご丁寧に。私は花屋のマリーです。ちゃんと挨拶が出来るお嬢様には、花ちゃんをあげますねっ』
マリーさんが「はい、どうぞ」と、一輪のマリーゴールドの花を手渡しでくれた。
花弁のオレンジ色がまるで太陽のようで、生命の輝きを感じて胸がポカポカとするのだ。
それが何とも心地がよく、無自覚に破顔していた。
「ありがとうございます」
『いえいえ。お嬢様の笑顔を見れて本望ですよ』
「こちらからもありがとう、マリー」
『いいって、いいって! それよりさ……はい、これ。例のクロッカスの花ね』
マリーが包装されて後ろにあった、美しい黄色のクロッカスの花束をダリアに渡した。
ダリアはそれを受け取ると、「ありがとう」と感謝を述べつつ笑みを浮かべ、お金の支払いを済ませた。
「ねえ、ダリア。この後、他に何処か行くの?」
「いいえ。特に予定はありませんよ? 早速、今日買った花達を飾りたいですし」
『そっかぁ。もう帰っちゃうのかぁ……残念。少しくらい遊んでいけば良いのに?』
口惜しそうにいうマリーに、ダリアが心苦しさを表情に浮かべたが、私のことをその水色の瞳に捉えると──、
「そうしたいのは山々だけれど、何せルカお嬢様もいらっしゃるもの。長居は出来ないわ」
──そう、笑って誤魔化した。
(馬鹿ね・・・そんな下手くそな笑顔じゃ、子どもの私ですら騙せないわよ……)
ただただ心苦しかった。
普通ならダリアは今頃、好きな人と出逢って結婚して、子どもの一人や二人育てていて。
私なんかに構っていないで、もっと自分の好きなことをしていて、もっと幸せな時間を過ごしてて。
きっと私のせいでダリアは、友達と満足に同じ時間を過ごすことが出来ないんだ、って──。
そう想うからこそ私は、ただただ心苦しかったのだ。
「ねぇ、ダリア。私は別に良いのよ? だって何時も頑張ってるもの、少しくらい遊んでもバチは当たらないわ」
「ルカお嬢様……」
『ほら、お嬢様もそういってるよ? 久しぶりにさ、あの花畑に行こうよ? お嬢様も一緒にさ』
「う、うん……わかった。じゃあ少しだけ。ルカお嬢様も良いですよね?」
ダリアと目があった。その瞳には、申し訳ない思いに溢れているが、一筋の期待と楽しみが見て取れる。
彼女は友達と遊んでいるとき、どんな表情でどんな声色でどんな風に在るのだろうか、と想う私がいて……。
だからって訳じゃないだろうが、私もダリアと同じくらいに楽しみにしているのだ。
「ええ、大丈夫よ。逆に、楽しみなくらいだわ?」
『それじゃあ決まり。店仕舞いするからさ、行こっか』
こうして私達は、マンテルの街の外れにある、豪華絢爛な思い出の地、花の園へと向かうのであった。
「ふふ。久しぶりね」




