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悪役令嬢、剣を持つ。  作者: 初心なグミ
【一部二章:運命の二人】

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22話「私は『私』と出逢った」


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 私は逃げていた。

 恥を捨て、外聞を捨て、信念を捨て。

 腕を振り、足を動かし、息を上げ、涙を流し。

 ただ、ただ──自分可愛さに、前へ、前へと。

 弱い私は逃げることしか選べなかった。


「ルカさん……」


 私の手を引いて横を走るクラウスが、ボソッと、物言えぬ表情でこの名を呼んだ。

 しかし、その声は私には聞こえず。

 責任感から一転して童心へと帰った私は、何やら己のことを狙いにきた化け物を請け負って時間を稼ぐために残った二人の男のことを想い、罪悪感に苛まれている。

 

 が、しかし。──それは。

 あくまでも私の残存している、ほんの気持ちばかりの理性によるもので、本能に支配されている私に余裕はない。

 

 私は現状(いま)、現実逃避をしていた。


(私は……私は悪くない……。そうだ、悪くない──悪くないんだ!私は正しい!あんなの、勝てっこない!!)


 

 結論から言えば、本当に陽依(ルカ)は悪くない。

 なぜならグリフォンとは、災害のようなものなのだ。

 例えば大震災の様な物凄い津波が来たとして、誰が波に飲み込まれた人を助けに行けるのだろうか?

 そんなもの。どんな偽善者が喚こうが、超能力をもったスーパーヒーローでもなければ、断然不可能である。

 

 だからこそ、ルカは悪くなく。

 生きていてこその物種という面では、なんなら百点満点の申し分ない解答であり──。

 敢えて悪者を挙げるとするならば、グリフォンを寄越した謎の人物に他ならないだろう。


 だがそんなこと、ルカも重々に承知していた。

 その上で罪悪感に喘ぎ苦しんでいるのは、ルカが女神からの頼み事で転生してしまうほどに、心の優しい無垢な少女であるからに他ならないのだ。


 

(でも、でもでもでも。私のせいで……私のせいで……!!)


 ──陽依。陽依よ。


「──っ!!」


 聞こえた、見知った声が──。

 私は何の気なく、下ではなく、前を向いた。

 そこにはレンが居る筈だった──が、違った。

 私の瞳には、そう──。


「………………おじい、ちゃん──?」


 ──前世の祖父が映った。

 それは刹那のことであったが、まるで、夏の夜に咲く火の花のように鮮明だった。

 しかし。鮮明なものとは、いずれ朽ちる運命。


 だからなのだろう。

 私の瞼は落ち、視野が暗へと消えていた。


 

◆◆◆



「ここは……?」


 目を覚ました私は、白の空間に座って居た。

 この世界は静寂に包まれており、なんとも言えない虚無感に苛まれるが、何処か懐かしくもあった。

 

「そうだ、ここは……転生したときの…………うっ!」


 酷い頭痛がした。

 頭を塞ぎ込み、目を瞑った。


『はじめまして、剣崎陽依ちゃん。初めての戦闘がグリフォンだなんて、一番ついてないわね?』


 ()()()が聞こえた。

 自分と似た声に呆としつつ、顔を上げた。


「…………………………え?」


 そこには。胸まである艶めいた黒の髪を靡かせ、見た者を焼き殺すとさえ錯覚させる炎の瞳を瞬き。

 そして。一度触れてしまえば壊れてしまいそうな華奢な身体を前屈みに、私の顔を覗き込む……。

 そんな、──()()()()


「なんで……私が…………?」


『ふふ。違う。違うわ。私と貴方は別人』


 彼女ははにかみ、笑う。


『そうね……例えるなら、そうね……何かしら? むぅ……よく分かんないわね……』


 何が何やらと、現状を把握出来ないでいる私を他所に、彼女は「むむむ」と呻きながら首を捻った。

 が、それは数秒のことで──


『ま、思いつかないなら仕方がない!』


 ──と、直ぐに考えるのを辞めた。

 しかし、そんなことでは彼女の猛攻は止まらず。

 彼女は腰に手を当てると、高らかに己を謳う。


『私の名前はルカ・エーデル!! 枝分かれのように存在した世界線のルカ──その集合人格! つまり!私は貴方の有り得た可能性!!その写し身よ!!!』


「え……えぇ……」


 なんか凄いことを、言っている?

 あまりの状況と内容に脳の許容範囲を超え、そのために理解をすることが出来ず、漠然とした声を漏らした。


 彼女はというと、何やら得意気な様子。

 ふんす!と、鼻を鳴らす声が聞こえて来そうだ。


『どう?私と貴方、全然違うでしょ!』


「う、うん……。つまりは……私は剣崎陽依で、貴方はルカ・エーデルってこと?」


『ええ、そうね!全くの別人だわ!』


 そういうことらしい。

 相手の言葉を鸚鵡返しに聞いたら、当たってた。

 いや。まあ、それはそうか……。

 

 先程まで色々あって、感情もついていけてない。

 もはや一種の錯乱状態なのだろう。

 自分でも自分が異常だと思わずには居られない。


 だが、ネガティブになるのもここまで。

 そろそろ気持ちを落ち着かせて、何や不思議そうに私のことを見ている彼女に、色々と聞かなければ。


「はあ……ふう……」


 深呼吸。空気があるのか分からないが、大きくゆっくりと息を吸って吐いて、冷静に……。

 落ち着いた。


「それはそうとさ、ここは何処なの?」


『ここ?』


「そう。ここ」


 私の問いに、彼女は酷く不思議にそうに言う。


『ここって……陽依ちゃん、来たことあるでしょ?』


「いや、それはそうなんだけど……なんで君が居るのかなーとかさ、なんで女神様(?)が居ないのにーとかさ」


『ああ……そういうことね!』


 話の合点がいったのだろう。

 彼女は手をポンと叩くと、私に微笑んで魅せた。

 それは年相応の幼い笑みで、私と全く同じ顔だというのに、窮屈なこの心が温かく絆された。

 が、そんなこと彼女は知らないのだろう。

 自然的に話を続けて、私に答えてくれる。


『それなら簡単だよ! この空間はね、別に女神様が生み出してるとかじゃなくてね。ここは、陽依ちゃんが生み出した意識空間なんだよ!』


「意識空間?」


『うん! だから、私が直接脳内に話しかけているとか。脳内で二つの人格が混在している、とか。そっちの方が認識としては正しいかもね!!』


「そうなんだ……確かにあの女神様、私が転生するときに消えちゃったしなぁ……」


 そうだ。八年前のあの日。

 名を知らない女神様は最後に粒子となって消え、そうして私は転生したのだ。居るはずが無かった。


「じゃあさ、現実の私はどうしてるの?」


『ん?現実の? 現実の陽依ちゃんなら、今も一心不乱にグリフォンから走って逃げてるよ』


 なるほど?──想像してみた。

 目が暗くなっていて虚ろで、何も喋らず、ただただ無意識に走り続ける、と……。

 ふむふむ。現実の私はゾンビか何かかな?


「いや、どういうこと!?絵面ゾンビ過ぎるんだけど!!」

 

『……人間は思考しながら作業するでしょ? それの、思考を九割九分九畳にして、残りの一畳程度を作業……つまりは現実の意識にしたのが現状ってだけよ』


「それ、ほぼ夢じゃん!私、寝てるじゃん!」


『それにね! 元々も相当思い詰めてて、今と対して変わりないわよ!』


「…………っ!! たし、かに……?」


 高く響く声色でツッコミを入れてきた彼女。

 私が阿呆らしく肯定を示すと、地団駄を踏みながら可愛らしく顔を近づけてきた。


『ああ、もう!話が逸れたわ!』


「………………?」


『そ・ん・な・こ・と・よ・り! もっと聞くべきことが他にあるんじゃなくて!?』


 もっと、聞くべきこと……?


「例えば?」


『──例えば?! ほら……なんで私が今、貴方とこうして対面しているのか!とか!!』


「……………………あ」


『それが一番大事でしょう?』


 納得し、私は首を縦に振った。

 すると彼女は微笑み、私と目線を合わせる。


『じゃあさ。なんで私は、ここに居るんだと思う?』


「なんで、って……そんなこと、分からないよ……」


 考えることすらしなかった。

 相手は自分?と言えど、あくまで他人。

 故に、相手の思惑など知る由もない。


『そう』


 彼女はたった一言、真摯な目で呟いた。

 その瞳に、先程までの温度は感じない。

 

「……っ!」


 身体がビクッと跳ねた。背筋が凍る。

 まるで、全てを見透かされている様で。

 私は年端もいかない少女に凄まれて、萎縮した。

 

 今の私はなんと年相応であろうか。

 未熟な自分に、自分が嫌悪してしまいそうだ……。

 

(いや……最初から私は未熟な臆病者……)


 階段から落とされた(あの)時も、もう剣を持つことが出(あの)来ないのだと知った時も、大好きな祖父が病で死(あの)去した時も。


 何故か今まで心の傷が癒え正気だったが、思い返してみれば未熟な子どもそのもの。

 転生して記憶があって、赤ん坊なのに少し大人っぽいことをしたからと、皆から褒められて自惚れていた。

 私は最初から、未熟で臆病な少女でしかなかった。


「………………………………」


 固唾を呑んだ。そして、黙った。

 あの頃のトラウマが……心の傷が、蘇ってきた。

 それが一体何故なのかは分からないが。

 ただ、黙りこくることしか出来なかった。

 しかし彼女は私の弱さを他所に、潤い憂いた眼差しで、諭すように言葉を紡ぎ始める。


『ねえ、陽依ちゃん。私ね、こんな姿をしているけどね。本当は貴方と同じ十六歳でね、死んでいるの』


 ────え?


『どの世界線の私も、犠牲に目を瞑れば魔王を倒すところまでは順調なんだけど──魔王を倒した後に現れる魔神にね、殺されちゃうんだ』


「──っ!!」


 思わず、言葉が零れていた。


 どの世界線の私も?犠牲?魔神?殺される?

 一体、なにを……なにを、言っているのだ?

 まるで、違う言語を見聞しているようだ……。


 溢れ出る情報量に脳が混濁する。

 彼女は目尻を下げる。微かに口角を上げる。

 優しい笑みを浮かべた彼女が、私を見つめる。

 

 まるで、──時が止まった様だった。

 

『だからね、陽依ちゃん。私は、ここに居るんだよ』


 ぎゅっと、柔く抱き締められた。

 その表情は、今にも消え入りそうな光の様で。

 その体温は、とても、とても……暖かった……。

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