20話「希望の焔を宿りし土の巨槍」
眼前には翼を大きく広げ、空に円を描くように舞うグリフォンが一匹。
甲高い咆哮を上げ、ブレスを展開している。
それは俺にとって脅威に他ならないが、俺達にとってはそうでもない。
何故ならシュピツエは、任せろと応答したのだ。
ならば、相手の攻撃を逐一に心配する必要があるのだろうか?──否、ない。
故にこそ俺は、後ろで巨大な土の槍を創り出している幼馴染を信じて、ただ、一直線に駆け抜けるのだ。
「魔力、解放ッ!」
刹那、土の巨槍とブレスの相殺によって、世界が鈍い音に包まれた。
が、俺はそんなことなど気にもとめず、瞬時に剣身へと炎を宿しながら、木と木の間を跳躍し詰め寄る。
やがて俺は、グリフォン付近の木上まで到達していた。
その周囲には、無数の"風の魔力弾"が張り巡らされていた。あたかも、侵入者を排除せんとする結界のように。
かつての弱っちくて何も出来ない俺なら、だっせえ涙を浮かべながら尻込みしていたかもしれない。
だが今は違う。興奮が恐怖を押し流していた。
だからこそ俺は、「へっ。」と一笑を吐き捨てて──そして、皆で生きる為に剣を振るうことが出来るのだ。
「手前か俺か……くたばるまで、殺り合おうや──!」
樹冠を蹴るように飛び込んだ。
すると、グリフォンが無数の風の魔力弾を放出。
弾幕の嵐が俺へと迫ってくるが──
「|紅蓮に燃ゆる輝剣の乱舞!!」
──紅蓮の焔が燃える剣を舞う様に振るうと、固有魔法によって連動して、無数の火の魔法剣が出現。
俺は木から木へと飛び移りながら、襲い掛かる魔力弾を跳躍と斬り捨てで躱して接近──、一気に相手の魔法攻撃を捌ききることに成功した。
が、これだけでは止まれない。
「うらああああああああ!!!」
魔力の弾を切り裂いた刃をそのままに、宿敵の首を掻っ切るべく振り翳す。
『キエエエエエエエエエエ!!!!』
首を切り落としこそしなかったが、炎を纏った一閃がグリフォンの巨体に傷を入れ──。
ジリジリとした音と共に、血肉の焦げた灰臭い匂いが微かに鼻腔を刺激してきた。
が、それは刹那のことであり、足場の無い空へと翔びたった俺に羽などなく、落下するのが自明の理。
しかし。で、あるからこそ俺は、奴の名を叫ぶ。
「シュピツエ──ッッ!!!」
下に居るシュピツエに合図を送った。
(って……言わなくても分かってやがるか──……)
が、奴はそんなもの必要ないと言わんばかりに、呼びかける前から固有魔法を展開──。
俺の足場を、世界を繋ぐ虹のように……天へと螺旋に続く廻廊のように、そこに作り上げていた。
「行け!!コーパァァァァァアアア──ッ!!!」
俺は岩の天道に受け身で着地──。
先へと伸び続けていく道を、導かれ、駆け抜けていく。
「任せろっ!!」
背中を押された。
蛮勇が、気力が、渇望が、溢れていく。
『ピギャアアアアアアアアアアアア──ッ!!!』
上空に立ち塞がっているグリフォン。
奴は風のブレスを、無数の風の魔力弾を、全てを切り裂く風の刃を仕掛けてくるが──俺は奴の攻撃の悉くを炎を纏った剣で斬り捨て、躱し、一直線に詰め寄る。
が、風のブレスを斬り捨てれば轟音が鳴り足場が揺れ、魔力弾を捌くには魔力を膨大な消費し、風の刃を避けるには足場が不安定で受けるしかない。
その事実が俺を後手に回らせ、この足を逐次止める。
「……………………っ!」
しかし。どうやら、もうこの足を止めるわけにはいかないらしい。
捌ききれなかった奴の魔法が足場に亀裂をうみ、崩壊。
負けじとシュピツエが、岩を継ぎ足して俺の足場を作ろうとしているが、それでも安定せず。
俺は分割しチグハグになった足場を飛び移りながら、上下左右に縦横無尽に襲い掛かる脅威を排除する。
「ちっ!!」
思わず舌を打った。
現在、高さ百メートル付近。
徐々に奴の高度限界へと近付いて行き、それと同じくして攻撃も激しくなっていった。
「うらああああああああああ!!!」
迫り来る魔力弾を高速で無力化。
もはや己の声と爆発音以外、無にも等しい。
そういえば、みんなは上手く逃げれたのだろうか。
などと要らぬ心配事が能力を過ぎった。
負傷したとはいえリーダーと、そしてグリフもいる。
ならば心配するだけ無粋であり、今は自分とシュピツエの心配が第一だ。
「あと少しっ!!」
あと少し、ほんのもう少しで奴に届く。
全身に纏っていた魔力を足に集中させ、足場の岩を圧で粉々にする程の力で跳躍し、最上へと飛び移った。
そこには観念したのか、飛び回ることを辞めた奴が威風堂々たる姿で鎮座していた。
「……………………へっ」
剣に魔力を集中し、構える。
『………………………………』
グリフォンと目が合う。
奴は淀みのない、綺麗な瞳をしている。
俺はジリジリと間合い詰める。
グリフォンは静を保っている。
そこには余裕と覚悟がある様に見えた。
約十メートルの間合い。ピタリと止まる。
微風が耳元を掠るばかりの静寂が、刹那、訪れる。
冷ややかな汗が額から頬を伝い、ポタんと落ちた。
息が詰まり、目眩がするほどに苦しい。
そんな嵐の前の静けさは、バタッ!バタッ!と鳴り響く羽をはためかす音によって終わりを迎えた。
『ピギャァァァアアアアアアアアア──ッッ!!!』
「──っ!!」
神速。縮地とでも見紛う速さで、グリフォンが肉薄。
その内側に大きく湾曲した鉤爪で襲い掛かってきた。
が、俺もそれに反応出来ないほど呆けていなかった。
間一髪のところで攻撃を防ぎ、あまりの衝撃に呻きにも似た声を漏らしながら応戦する。
「どうしたよ!そんなんじゃ俺を殺れねーぞ!!」
グリフォンの巨体を弾き飛ばし、一瞬よろめいた隙を突いて強力な回し蹴りを一発。
奴は豪快に吹っ飛び、俺は迷わず詰め寄るが。
『~───~~~ッ!!』
流石はグリフォン、であろうか。
不完全な格好でありながら、魔力弾を生成。
防御だけでなく、反撃をも同時にしてきた。
「|紅蓮に燃ゆる輝剣の乱舞!!」
俺は固有魔法──剣技を使用。
真っ向から受けて立ち、大雑把に繊細に追っていく。
──ブワッ!
一度翼を鳴らし、空中で受け身をとるグリフォン。
一瞬で態勢を立て直したかと思えば──次の瞬間、翼をクロスする様に動かすと、風の刃を二つ、発射させた。
尖い、速い、恐い──だが!
「負ける訳にはいかねーんだよなぁ!!」
右手に握る剣を左半身の後方に構え、一気に踏み出す。
「焔剣一閃!」
横に薙ぎ払う様に振るった剣から、轟々と燃える焔の一閃を放ち、眼前まで迫っていた風の刃を相殺。
中段後方に剣を構え直し、鋭い眼光で奴を捉える。
『ピギャァァァアア──ッッッ!!』
刹那の一瞬で天へと翔けるグリフォン。
斬れ味のある咆哮を響かせると同じく、口内に膨大な質量の風の魔力を充填、集中、そして圧縮、圧縮、圧縮!
その威圧は今までの比では無い──もはや死の具現。
しかし、しかし、しかし!
この場で戦っているのは俺だけでなければ!
もはや、死の恐怖など恐るるに足らず!!
「受け取れ!コーパァアアアアアア!!!」
約百メートル真下の地上より、信頼せし幼馴染から投擲されし岩の巨槍が一つ。
俺は炎の宿る剣を鞘に納めると、超速で投げ飛ばされたそれを右手に受け取り、ぎゅっと握り締める。
その瞳には希望と勇気が色を現しており──「へっ」と一笑を浮かべて、力強く地面を踏みしめた。
もはや俺の戦闘衣は機能せず、全身の抉れた肉に血と泥が滲み、視界もボヤけて見える。
そんな死に体な俺ではあるが、それがどうしたのか。
俺はまだ戦える、護るべき者の為にと立ち上がれる。
俺のココロはまだ、絶望してなければ死んでいない。
だからこそ俺は、グリフォンとの死闘──その、最後のやり取りに向けて、刃を振るうだけだ。
「ああ……受け取ったぜ、相棒──っ!」
再三。奴と、視線が交わる。
グリフォンは最初こそ誰かを狙っていたが、もはや俺との戦いを優先している様である。
その瞳には、確かな敵に対する敬意があった。
「いくぞ、グリフォン」
時が止まってみえる。
奴に向かって伸びる足も、槍を構えるこの腕も。
酸素と魔素を空気から取り込むこの口も。
奴を捉えて離さぬこの眼球も。
何もかもが、止まって感じる。
しかし。
止まって感じているだけで、俺の身体は、確かに前へ前へと進み続けている。
グリフォンもブレスを最大まで溜めて、空ではばたき、此方を見下ろしている。
だが、それもここまでである。
何事にも始まりがあるように、終わりもまた同居する。
──プツン。脳裏に電流が走った。
俺の意識は覚醒をし、極限集中状態──脳の活性が終わるとともに、この戦いにも終わりを迎える。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
炎の魔力を流し、岩の巨槍を構える。
俺は力強く岩を蹴り飛ばし、空に翔ける。
そして──。
『─~~───~~~─~~───ッッッ!!!』
俺と一体した炎岩の巨槍が、放たれた風のブレスごと、グリフォンの身体を穿つ。
「|希望の焔を宿りし土の巨槍ァァァアアア──ッッッ!!!」




