19話「人生とは継承ぐこと」
人生とは何か?
ある日の晩、夜空の星を眺めている時。
ふと、脳裏の隅を過ぎった疑問だった。
俺は未来を馳せ、微睡みながら考えた。
それは、ひどく普遍的で哲学的で。
幼少の頃の俺には眠たく感じたが、現在思ってしまえば絶対に通うべき、必要なことだったと思う。
人生とは、──継承ぐこと。
世界を、人生を、記憶を。
次世代の後継者へと託すこと。
それが、俺の出した答えだった。
それが人間なのだと、夢幻した。
故にこそ。
現実もまた、知った。
俺は一体、──何を遺せるだろう。
『技術』?『思想』?『文化』?
否、否、否!どれも、断じて否だ!
──『千年戦争』。
我が国シュヴェアートと、隣国マギの諍い。
そして。魔物の襲来と魔王の誕生。
その歴史の全てが、答えを物語っていた。
それは──『願い』。
種の繁栄を願い、未来の平和を願い、未練を渇望する。
ただ一筋の淡い希望とも、重く伸し掛る期待とも呼べる願いを託して、繋いでいく為に人生はある。
だからこそ先人達は命を張り、根を護ってきたのだ。
その結果。俺達は今を生きている……。
そう信じてやまないからこそ。
コーパーは、──剣を握って在るのだ。
◆◆◆
「行かせるかよおおおおお───!!!」
鉤爪を伸ばしルカの方へと突進したグリフォンに、コーパーは割って入る様に剣を振るった。
しかし。グリフォンは攻撃をものともせずに、寸でのところで空中バックステップをして回避。
負けじと俺は、続き様に逆袈裟斬りへと派生させる。
が、グリフォンはこれを空中で旋回して回避──。
と、十数回の攻撃して避けての攻防が続いたが。
やがて。俺の攻撃をグリフォンが華麗に躱すと、その勢いのまま、遠心力の乗った翼を叩き付けてきた。
「────ぐあっ!!!」
剣を間に挟むことで威力を減衰させ何とか攻撃を受け切ることに成功するが、グリフォンの凄まじい力に俺の身体は、地面を抉りながら遥か彼方へと吹き飛ばされてしまった。
全身の骨が軋む様に痛い……。
一瞬だけ意識が飛びかけた……。
だけど──
「まだまだぁ!!」
持ち前の根気で立て直し、空中で受身を取った。
本来であればこの押し切られるムーブは、何かを護るべき剣士にとってあるまじき行為である。
だが、今この時だけは咎められやしない。
何故ならば──俺には、頼りになる仲間が居るのだ。
「ここは、死んでも通らせねーぜ?」
グリフォンの進路に立ち塞がったシュピツエ。
俺の頼れる幼馴染でもある奴は、手前の愛剣に魔力を集中して流し、そのまま地面へと深く突き刺した。
「大地尖岩刃──ッ!!!」
──ゴゴゴゴゴッッッ!!!
地面から出現した無数の尖岩が刃となって、低空飛行をしているグリフォンに向け、天を穿つ巨峰が如く襲う。
それはまさしく【空高くに羽ばたく、グリフォンに対する大地の叛逆】とでも形容しようか。
シュピツエの象徴であり、まさに壮観至極である。
『────ッ!』
刹那──驚きを瞳に宿したグリフォン。
危機を感じ取った奴は、高くへと上昇することで回避して進もうとするが、しかしそれは叶わず……。
いくら縦横無尽に逃げたとて、そのすべてを読み切ったかのように、大地の刃が追い詰めていく。
だが、流石はグリフォン。魔王の守護獣。
自分を覆い囲む様に拡大してくる大地の刃を、風の魔力を暴走させることで、周囲に"触れた物を切り刻む風のバリア"を張り巡らさせ、膨張──からの爆発。
一気に刃を無力化して見せた。
「こんなんで終わるかよ!! 魔力解放──ッッ!!」
──魔力解放。
普段は体内を巡る魔力量を、生命活動に影響を受けないようにと、脳によって制限をされているのだが、自分で内に眠る魔力を暴走させることで、体内に流れる魔力を活性化させ、強制的に解放──。
著しく魔力消費量が激しくなるが、一時的に自分の魔力と身体能力を超強化出来るのだ。
言わば魔力解放とは、リスクを伴う超短期決戦向けの最終手段であり、最後の奥の手──必殺技である。
そしてシュピツエは、そんな奥の手を切ったのだ。
一撃一撃に対する重みは先程より異なり、魔力解放によってその規模と威力を上げた大地尖岩刃が、グリフォンへと間断なく攻撃を押し付ける。
だがグリフォンはこの攻撃……それも疎らに迫る刃を、その大羽をはためかして自由自在に動き回り、身体を縮めて捻ることで、針の穴に糸を通す様に避けるのに難くなく──。
それでも避けれない纏まった攻撃を、自分の翼を一振することで風の刃を放出し、相殺する形で応戦する。
『キエェェェェェエエエエエ───ッッッ!!!』
これではグリフォンにとってジリ貧である。
グリフォンには今、|絶対服従すべき上位存在によって、成さねばならぬ頼み事を課されているのだ。
で、あるのならば、こんな顔も知らないお兄さん達と戯れている時間など無く、一刻も早く|絶対服従すべき上位存在に似た魔力の小娘を捕えなければいけない。
だからこそ、それに気づいたからこそ。グリフォンは攻撃的になっているとは言え、残っている理性から「さっさと殺して行こう」と考え、結論を導き出していた。
「──────っ!!」
風の魔力の充填、集中、そして圧縮……。
口元に溜まり、超高圧縮されていく風の魔力──螺旋に魔力が渦巻く、高威力のブレスが放出された。
それの何と轟々しいことか。
ブレスは大地尖岩刃を一直線に破壊して進み、その標的はシュピツエへと向けられている。
「──ちっ! なんつぅ破壊力だ!」
幾ら大地の刃を足して壁にしても、一向に止まることを知らないブレスに、思わず舌を打った。
シュピツエの瞳には脅威が映るが、その表情に苦悶は一切無く、むしろ口角を上げて戦いを楽しんでいる様だ。
「…………ハハ!フハハ!フハハハハッ──!! こりゃやべーぜ! やべーよ、やべーけどよ!! こんなんじゃ終われねーんだよ!! なぁ──っ!!!」
つまりはそう──シュピツエは戦闘狂であった。
高揚に胸を昂らせ高笑いをしながら、魔力によって土の巨槍を自分の手元へと創造。
手に強く握り締めたシュピツエは、足でぐっと地面を踏み締めて、全身を利用してブレスに投擲する。
「土の巨槍!!!」
──ドガァァァァァンッッッッッ!!!
土の巨槍と真っ向から衝突したブレスは、轟音と眩い光を発生させながら、周囲の地形を変えて爆ぜた。
木々は灰になって焼け散り、地面は抉られ……見るだけで肝が冷えてしまう様な、そんな惨状がそこにはある。
しかし、グリフォンは気にしない。先程までシュピツエが居た場所へと、高速飛行で肉薄していく──。
が、そこには誰も居なかった。
ただ薄らと、何かの影が見えているだけだった。
妙、だと思った。
だからグリフォンは一度空高くへと行き、上空から辺りを見回そうと、翼を羽ばたいた──そのときだった。
一つ、戦場に声が響いた。
「初めて上を取られた気分はどうだ?」
空高く……巨大な喬木の頂きに立ち、グリフォンを上から見下ろしている、シュピツエの嘲笑。
辺りを点々としている影が伸び、ややオレンジががっている空の下にしては、違和感を感じえざるを得ない様子。
それはまるで、空に無数の何かが在る様で──。
『──────ッ!!』
否、何かが在るようでは無かった──在ったのだ。
上空には岩で出来た無数の魔力で創造した剣が、円陣を描くように並び空中に展開していた。
「|天より隕落せし、無限の岩剣」
剣を天高くまで掲げたシュピツエが、その剣先をグリフォンに向けて振り下ろし、剣技を唱えたとき──。
宙に展開されていた無数の岩の剣が、グリフォンの巨体を貫かんとし、豪雨が如く激しさで降り注いだ。
地面に衝突した魔法剣は塵に崩れて、仄かな魔力へと空中に霧散していく。
その様子は酷く凄惨的で猟奇的で恣意的だが、どこか幻想的で献身的で希望的で……。
そんな心を映すかのような岩剣の雨を、それでもグリフォンは風のバリアを張り、ほぼ全てを防ぎきる。
いくつかが傷を刻んだが、その傷は瞬時に癒えた。
超高速で天高く駆け抜け、シュピツエへと肉薄する。
「…………まじか………………」
グリフォンと目を合わせて愕然とするシュピツエ。
──バタッ!
グリフォンは翼で突風を起こし威嚇。
ナイフのような風がシュピツエの頬を擦り切った。
その瞬間。
『ピギャ──~─~~~───ッッッ!!!』
けたたましい咆哮と共に翼で身体を打ちつけられた。
「──クハッ!!!!」
急なことに反応を出来なかったシュピツエは、ノーガードで直撃を受けた為に被ダメの威力減衰が叶わず、宙を突き破るが如くスピードで吹き飛ばされている。
骨が折れ、内蔵が破裂し、上手く呼吸が出来ない。
今、この状態。これだけでも十分致命傷であり、シュピツエの生命の灯火が危うい状態にある……。
だが、しかし。
これだけでは終わらなかった。
『キエェエエエエエエエエエ───ッッッ!!!』
疾風と見紛う高速で肉薄したグリフォンは、くの字に吹き飛ぶシュピツエの目前で、突如として動きを止めた。
翼が閃き、風の魔法刃を生み出す。その一閃が、シュピツエの腹を斜めに裂く──。
刹那、獅子の前脚が彼の身体をがっちりと捕らえる。
そして次の瞬間、グリフォンは高速で縦に回転しながら──そのままシュピツエを地面へと叩きつけた。
シュピツエの瞳に螺旋に渦巻く魔力の塊が映る。
翡翠色の輝きとプレッシャーを放つブレスは、先程の破壊力とは比較にならず、落下していくシュピツエに迫るように加速してきた。
身体が重い。痛い。
視界が、霞む。
避けることは、不可能。
高度二メートル付近。
一秒としない間に地面へと衝突──。
このとき、瞳を瞼の奥へとそっと隠した。
傍目には諦めたように映るだろう。
だが、違うのだ。
シュピツエは、微塵も諦めてなどいない。
何故なら──絶対に、助けてくると信じているからだ。
あの、熱血で誰よりも優しい幼馴染を。
だからシュピツエは、ふっと微笑んでいた。
── ドガァァァァァンッッッッッ!!!
地響きを伴い、翡翠のブレスが炸裂。
嵐の様な風圧が大地を抉り、全てを無へと還すが──。
「ハッ! おめェは何時もおせーんだぜ、バカコーパー」
「わりぃな……。骨、折れちまってるからな……遅くなっちまったわ……」
──間に合った。落ちてくるシュピツエを、俺はギリギリで抱きとめた。
奴は傷だらけの表情で、くすっと笑った。
そうだ、昔から……。気づけばいつも、お前は俺の肩を取って支えてくれていた。
それがどれだけ俺を安心させてくれるのか……。
(まあ……んなこと、死んでも言わねーけどな)
爆風に飛ばされていた俺は、空中で受け身を取ることで華麗に着地。腕の中で横たわるシュピツエに問い掛ける。
「シュピツエ、お前、もう少しいけそうか?」
「誰に物言ってやがんだ? 余裕だぜ」
「ああ、そうかよ。なら、無粋は言わねー」
ボロボロな強がりを魅せたシュピツエ。
俺はそれ以上は何も言わず、その身体を降ろした。
「俺が奴を堕とす。サポートを頼む」
「──任せろっ!」
互いの顔を見ずにグータッチ。
軽やかな笑みを零して、決着へと走り出した。




