16話「幻想鳥種グリフォン」
純白の雲が漂う群青の空の下。
何時も兵士達と剣の稽古をしている訓練場で、僕はルカさんと対峙をしていた。
結果から言ってしまえば惨敗である。
最初から勝てるとは思っていなかったが、まさかここまで何も出来ずに終わるとも、そうは思っていなかった。
まるで──あれこれと攻め入る僕に対して、彼女は防御の指南をするが如く完全さで無力化し、圧倒してきた。
──敵わない。心の中でそう思いつつも、自分が積み上げて来たモノを全部ぶつけるまで、諦めきれなかった。
ただ単純に攻撃するだけでなく、胸の内に燃える気持ちを薪火に鼓舞し、フェイントも織り交ぜながら戦った。
が、しかし。──無茶だった──惨敗した。
何秒、何十秒、彼女と向き合ったか分からないが。
僕が放った渾身の突きを、姿勢を低くした彼女は下から上に弾いて対処して──。
「須佐之男命────」
──旬座に魔力で強化した脚と腕の力を遣い、その魔力でメラメラと燃える瞳を魅せ、渾身の初撃を放ってきた。
(あっ……死ぬ…………)
刹那、死の恐怖を本能が感じていた。
ペラペラと本の頁を捲るように映る過去。
楽しかったこと、苦しかったこと、嬉しかったこと。
色々な思い出が、僕の脳裏を掠っていった。
これが"走馬灯"というものなのだろうか──?
時が止まって見える。
彼女の表情が本気で、ちょっとだけ怖い。
あとほんの少し、切先が一寸伸びるだけで、その木製の得物が僕の内蔵を外側から砕く──。
(嫌だ……まだ、死にたくない………………)
思わず目を閉じそうになった。
けれど、僕が目を閉じることは無かった。
何故か──?
僕が瞳を瞼の奥に隠すより前に、世界が動いたからだ。
「なんてね──っ!」
僕の眼前には剣を退いて笑っている彼女がいた。
「──えっ? …………っ!うわぁっ!?」
──どすん。
突然のことに僕は気が抜けてしまい、石敷きの床に尻餅を着いてしまった。
恥ずかしい。が、それどころでも無かった。
驚きと安堵、そして失意と高揚に近い感情が、僕の胸の内で混じりあって蠢いているのだ。
恥ずかしくて赤面する余裕などなく、あっけらかんと彼女のことを見ているしかなかった。
「だ、大丈夫っ!?」
『お兄ちゃん──っ!?』
「…………う、うん……。ありがとう、ございます」
『お兄ちゃんが、ルカさんと手を繋いでいる!?』
『お姉ちゃんが、クラウスさんと手を繋いで!?』
僕と同じ綺麗な火緋色の瞳に憂慮の色を孕み、急いで駆け寄って来た彼女が差し出した手を、僕は取っていた。
徐々に意識がはっきりとしてきた僕は、無様に敗北を喫し尻餅を着いたことよりも、彼女の手を握っている事実に気恥しさを感じている。
ならば──自分のこの顔面が、彼女のその瞳よりも熱く真っ赤になっているのも、なんら相違ないのである。
「顔、凄く赤いですよ!本当に大丈夫ですか!?」
『『いやああああああああ───!!!』』
──ピタッ。
彼女の額と僕の額が合わさった。
前髪をあげて、彼女は怪訝そうに言う。
「あれ……?熱は、無い?」
「…………っ、あ………ぁ………──っ!!」
『ハ、ハレンチですわ!!』
『そうだそうだ!お姉ちゃんから離れろ!!』
僕の直ぐ目の前に、彼女の綺麗な瞳が、フサフサで整っている睫毛が、小さくて可愛らしい口が見える。
彼女の雪の様な白の柔肌が少し汗ばんでいて、それは今なお重なっている額も同様で、彼女の熱が伝わってくる。
息遣いが直に聞こえ、吐息が僕の肌に当たってくる。
それら全てが、僕の体温を急激に上げていく──。
「ん?んんんんんんん──? なんか、急に熱が!?」
『もしかして……ボク達の声、聞こえてない?』
『きぃーーーーっ!二人だけの世界に行ってまぁ!!』
僕は驚きを顕にしている彼女の肩に手を置き、自分の顔からそっと距離を離し、右斜め下に視線を追いやった。
「……き、君は……つ、強いのだけど……もう少し、レディーであることを自覚した方がいい……です…………」
「……えっ……は、はい…………?」
僕は速攻で理解した。
これは理解していないやつだな、と──。
そしてこのとき、僕達の世界が崩れ去った。
二人だけの世界に入っていた僕とルカさんに、先程から絶叫をしていた弟妹達の声が入り込んで来たのだ。
「もう!何時まで二人でイチャイチャしているのよ!」
「イ……イチャイチャなんかしてないよ!」
「そうだよ!もう!! さっきからずっとさ、ボク達のことを無視してさ!!!」
「そうなの? 気づかなかった……ゴメンね?」
地団駄を踏み怒り心頭といった二人は、それぞれ僕と彼女を引き離し、抱き着いてはガッチリとホールド。
「「がるるるるるるるる──っ!」」
レン君が僕を、アベルがルカさんを睨み付け威嚇した。
これには思わず僕と彼女は視線を重ね、微苦笑した。
僕達兄姉は、それぞれの弟と妹の頭を、優しくポンポンと撫でて宥めて──。
「「はいはい。どうどう」」
一度抱き抱えて自分から離した。
「私の弟がすみません……」
「僕の妹もすみません……」
二人して謝りあった。
それが何だか面白くて、二人して「あははは!」と笑っていた。
当の弟妹が何が何やらといった感じで、キョトンと首を傾げているのも面白くて、更に声を上げていた。
「はぁ──っ、笑った笑った! 僕、こんなに笑った日は初めてです!」
「私も、久しぶりな気がします!」
「またお兄ちゃん達、二人の世界に入ってる!」
「むぅ…………」
「………………ぷっ──…………ふぅ…………はぁ……」
僕はまたも笑いそうになったが抑えて、微かに溢れた涙を人差し指で払って。──そして。
「それじゃあ、次は何処に行きましょうか?」
そう言って、四人で外に出たときだった。
『ピギャアアアアアアアアアアアア────!!!』
──空から刺客が現れた。
「きゃあ──!!」
猛々しく吼えた何かが、高速とも言える飛行速度でアベルの頭上を掠り、僕達を過っては空高く上昇した。
「アベル!!大丈夫か!!!」
「はっ、はい……大丈夫、です……」
「絶対に、僕の傍から離れるな──!」
「はっ、はいっ! 分かりました!!」
緊迫した状況で、つい言葉が荒くなってしまって。
アベルもそれに釣られたのか、追随して大きな声で僕に返事をして。ぎゅっと、傍に寄ってきて──。
「レンも私の傍から離れないでね!!」
「分かりました!!」
同じようにレン君も、ルカさんの後ろに位置し。
そして。みんなで一斉に、後方の空を見上げた。
「一体なにが!?」
「何も…………いない……?」
上空には何も居なかった。
少しだけオレンジがかった空が在るだけだった。
妙だ、と思った──そのときだった。
ビュンッ!とした突風が、僕達の背中を押した。
「──っ!? みんな!!伏せてぇええええ──!!!」
──ドタッ。
アベルの怒号にも近い大音声で僕達は、何事かと考える隙さえもなく、地面に倒れかかる様に伏せ──。
何かが上を過ぎったのを感じると、身体を起き上がらせるのが早いか、上げた視界にそれが映りこんだ。
「えっ……嘘…………。あの魔物って…………」
「本には魔王の誕生と共に出現するって!!」
「うん……なんでここにコイツがいるんだ──!?」
それは──鷲の頭と翼と前足を持ち、そして獅子の胴体と後ろ足を持つ、威風堂々たる神性の魔物!
その名を──!!
「魔王の守護獣!! 幻想鳥種・グリフォン──!!!」
【魔王の守護獣──幻想鳥種・グリフォン】襲来!!
『ピギャアアアアアアアアアアア───ッッ!!!』




