10話「シュヴェアート王都」
私達はいま馬車に揺られながらも、シュヴェアート王都までの穏やかな道のりを楽しんでいた。
たった一人、私を除いて──。
「ねえねえ、お姉ちゃんお姉ちゃん! 外! お外見て!すっごく綺麗だよ!」
「ソ、ソウダネー」
「ルカ、王様達と会う時は教えた通りにするのよ?」
「ハ、ハイ、ワカリマシタ」
「なあ、ルカ。あそこにある湖の中にな、太鼓の昔から封印された神の剣があってよ、それの使い手にダリアが選定されたんだぜ?すげーよな?」
「ス、スゴイデスネー」
不安と緊張で胸と頭がいっぱいで、まるでロボットのような受け答えをしていたのだが……。
(あれ……? なにか、凄い情報が出たような……?)
話半分で朧気な誰かの会話に、聞き捨てならない情報があったように感じた。
(ええと……外が綺麗で、王様達と会って、湖の中に封印されていた神の剣にダリアが選定された…………え?)
祖父の方を見た。目が合った。
「それ、本当なんです?」
驚愕の目を隠せないでいる私の問いかけに、レーヴェは落ち着いたような声色で頷く。
「おう、そうだぜ。アイツは俺とシュタルクが国の最強だとか云うが、そりゃあ間違いだ。この国……いや、この世界でダリアに敵う奴は誰一人としていない。それこそ魔王など、ダリア一人でどうにでもなる。ま、そんなダリアだからこそ、あの若さでメイド長……ルカたちの護衛役を任せているんだがな」
まるで、何でも無いことの様に云われた。
それは……この七年間のほとんどを、私と共に過ごしてくれた大切な存在の話だった。
「そんなに強いのか……知らなかった……」
私はダリアのことを、何も知らない。そう落ち込んだ私は、チラリと湖を観た。──目が離せない。
私は光景の美しさに瞳を奪われてしまった。
だってそこには・・・爛々と輝く太陽に照らされた広大な水面の中に、自然が溶け込んで見えたのだから……。
その光景は言葉として表現するには難く、ただ、三文字のみの感情だけで口にするしかなかった。
「──綺麗だ」
◆◆◆
私達は何事も無く、王都の前まで辿り着いていた。
晴天が広がる世界。馬車の揺れる音。みんなの他愛もない雑談の声。涼やかで青々とした匂いがする風。
そんないまを生きている私は、金城鉄壁という言葉の意味を目の当たりにしている。
「スゴすぎ…………」
馬車の窓から、王都を守護る城郭を見ている。
大きな壁に隔たれた向こうから、老若男女それぞれの雑踏が耳に届いてくるが。
その生活感さえもが凄みになり、ファンタジー感溢れる城郭と共に、私の現実を圧倒して唖然させた。
しかしそれは私だけでなく、馬車の窓から顔を出しているレンも同様に興奮しているのだ。
「うわー!すごーい! 見て見てすごいよー!」
「う、うん……ホントだね…………」
「ああ。何時見ても王都の城壁は圧巻だな」
「そうですねぇ……。しかしそれはそうと、どうやら門前に着いたようですよ?」
感銘を受けていた私達は何時しか、王都内と外を繋ぐ門の眼前まで着いていた。
レーヴェはコルンに「ああそうだな」と頷くと、顔を覗き出て、近くにいる門番へと声をかける。
「なあ、そこのキミ」
『はい。なんでしょうか』
「俺はレーヴェ……レーヴェ・エーデルなんだが」
『………………っ!?』
「エーデル辺境伯といえば分かるか?」
レーヴェは「これなんだが……」と、荷物から何やら紋章の入ったネックレスを取り出し、門番に見せる。
『は、はいっ!存じております! この国で魔喰の獅子の異名を持たれるレーヴェ・エーデル様のことを知らない者は一人もおりませぬ! お会い出来て光栄です!』
「おっ、おう、そうか……何時まで経っても慣れねーな」
レーヴェは頬をポリポリとかき、照れ臭そうにした。
私はそんなレーヴェを見て、(やっぱり、お祖父様って凄いんだなぁ……)と思うが早いか、門番が口を開く。
『それで王都には、何の御用で御座いましょう?』
「あ、あぁ……それは、な?」
「「………………?」」
私とレンがレーヴェと目が合った。その目は優しさに満ち満ちていて、私達にニコリと微笑んだ。
が、しかしそれは一瞬のことで、レーヴェは私達からすぐさまに目を離すと、門番の方に向き直す。
「俺の可愛い孫達をオスカーに自慢しに行くのよ。なに、ちゃんと面会予約は取ってあるんでね、大丈夫だぜ?」
『そうでしたか……。レーヴェ様のお孫様です、とても愛らしい方々なのでしょう。それでは、お通りください』
門番が深々と頭を下げた。それにレーヴェは、「おう、ありがとよ!」と笑った。
こうして私達は城郭の中、シュヴェアート王都へと、足を踏み入れたのであった。
◆◆◆
──私は見た。
多種多様な造りをしている民家を。人々が往来し賑わっている店舗を。圧倒的な存在感で聳え立つ王城を──。
──私は聞いた。
日々の生活を送っている民の声を。荷物を乗せて行く牛車の走行音を。空を自由に飛び回る小鳥の囀りを──。
それら全ては私にとって、マンテルの街でも体験したことに相違ないが、ここのそれは規模が違うのだ。
それこそ、田舎と都会の差とでも言おうか。
驚愕に驚愕を重ねた私が、内心ではテンションが上がっているのも、無理はないと言うものである。
「これが、王都……これこそが、王道ファンタジー……。まさに、壮観至極とはこのことね・・・」
「わぁー! 冒険者の方達、すっごく格好良い!」
馬車に揺られ大通りを往く私は、窓に張り付いて目を輝かしているレンの隣で、感嘆を漏らしていた。
これにレーヴェとコルンが、「ファンタジー?」と尤もな疑問を呈するが、その言葉は私に届かない。
何故なら私の目は、心は、外の方へと──凄く珍しい異世界の武装へと、関心が向いているからだ。
(あの金ピカな武装、超格好良い! それにあの剣士、あんなに大きな剣を持ってて凄い!あんなに大きな剣、私だったら絶対に振れないよ! あの人は槍を持ってるの?凄い凄いっ!槍、初めて見た! しかもしかも……っ!?)
光り輝き、思わず目を奪う金色の武装をする男。
重厚感に溢れ、岩をも砕くと思わせる巨躯の剣。
獲物の臟すらをも穿ち、絶命させるだろう長槍。
私の目に映り入り込んだそれらは、槍を除いてマンテルの街でも見ている物であり。
それこそ毎日のように見て、たまに触らせて貰ったり、とそのくらいには身近な存在でもあるのだ。
が、それでも私は剣士の端くれであり、ファンタジー感溢れるそれらが、何度でも私の瞳を奪って離さない。
要はロマンというやつである。
しかし、興奮してばっかりな私ではあるのだが、一つ、たった一つの武器を見たとき、他の事柄を忘れていた。
否、忘れさせられたのだ。
それはあまりにも、身近が過ぎた。文字通り、私が人生を懸けていた物である。
その武器の造形は実用性が重視され、見惚れる程に無駄がない機能美は芸術そのもの。と、断言しよう。
特に、切断力の為に湾曲している上身が素晴らしい。
そんな武器が、魂が、私の目に入り込んで来たのだ。もはや見間違える筈も無く、私はそれを言葉にしていた。
「もしかして・・・あれって、刀じゃない?」
そう、それは刀である。
私が、剣崎陽依が、何があったとしても捨てられない、全ての意味を持つ命そのもの。──オリジンである。
しかし。が、故に私は絶句をしていた。何故この世界に刀が存在しているのだ、と。
私は嬉しい反面、困惑していた。口をポカーンと開け、もう通り過ぎたそれを窓越しに眺めていた。
これにレンとコルンは不思議そうにし、レーヴェは大いに面白そうに笑っては──、
「ハッハッハ! ルカは刀が好きなのか!」
──と、刀について知った風に、パンッと手を叩いた。
当の私が「…………え?」と、現状を飲み込めないでいるのだが、レーヴェはお構い無しと話を続ける。
「刀はな?極東……大和の国の武器だな。普通の剣よりも繊細で扱い辛いが、その威力はトップクラス。しかも、何より機動力が高く、技も変幻自在のスグレモノと聞く。それをルカ、よく知ってたな? 勉強の賜物ってやつか?」
「刀って、メーアにあるの……?」
「そうだ。所謂、特産って奴だな。何でも、サムライって武装集団が装備するらしいぜ?」
(オーマイ、ガァーッ。ノット、ジャパニーズサムライ。イエス、メーアサムライ。──ワッツ!?……じゃない。あまりの驚きでカタコト英語になったの初めて……)
この世界にも、刀と侍が存在するらしく──。
「もしかして、トラオムと地球の関係性って・・・」
名を知らない女神が、この世界を「全ての根幹に積み重ねられた在り方」、と言っていたのを思い出した。
つまりはそう。地球で存在するモノは、この世界にも在るのではないだろうか。と、私は考えついた訳だ。
例えば──知っている花とか食べ物とか、トイレが洋式で上下水道が完備されているところ、とか。
最初はゲームの世界だし。と、適当に思考した。
が、しかし。原点世界であるトラオムの方が、地球に影響していると考えれば、全てに合点がいくのだ。
何ともまぁ、スケールの大きな話であるが。一個人でしかない私には、計り知れない妄言でしかない。
「お姉ちゃんお姉ちゃん!」
深く思案していた私に、レンが呼び掛けていた。
私はそっと、レンの方に顔を向ける。
「ん? どうしたの?」
「お姉ちゃんってさ。その、『刀』?が好きなの?」
刀が好きなの?と、レンに聞かれて──真っ直ぐに一本の信念を持つ私は、何の気なく答えた。
「そうねぇ……。刀は、好きっていうより──」
──魂、かな?
◆◆◆
やがて、私達は城の前までに辿り着いていた。
馬車から降りて城門をくぐり抜ける私は、その初体験による興奮を抑えられず、前へ前へと突き進んでいた。
このとき私は、後ろから追って来るレンに気づいた。
城を守護する為に武装し、されとて私達に敬礼している兵士達を背景に、私は立ち止まり後ろを振り向く。
「まって……まってよルカお姉ちゃん!」
「仕方ないわね? はい、手。繋ぎましょう?」
「うんっ!!」
私がレンに手を差し出すと、これをレンはニコリと微笑では嬉しそうに掴んだ。
その様子を一歩後ろにいる祖父と祖母が、ただただ微笑ましそうに見ては優しい笑みを零している。
「ガハハ、二人は仲が良いのう!!」
「ふふ……本当ですね。それにしても、ルカもレンも凄く楽しみにしてるのね」
「うんっ! ボク、すごくたのしみだよ!」
「それもそうよね! なんたって今から、初めてお城に行くんだもんね!」
初めて城に行くのは私もで、レンに負けないくらい楽しみにもしているが、それはそれである。
この高揚をレンに悟られぬように。何かトラブルが合っても対応を出来るように。油断を取り払い。
こうして私達は、城内へと入って行った──。




