12.
「もしそうでなければ貴方はオルソン伯爵家から解雇されるでしょうけれど」
「解雇?! そんなの嫌、」
叫びかけた口をリタは慌てて自らの手で塞いだ。しかし零れた言葉は戻せない。
「あら不思議、この公爵家へ転職を望んだのに伯爵家から解雇されるのは嫌がるのね」
「そ、それは……どうせあんたは私を雇うつもりなんてないと思ったから!!」
「それはそうね、居ない方がマシな人材にお金を出す理由が無いもの」
「何ですって!」
リタはすぐ立場の違いを忘れ私に噛みついた。
この単純さに呆れつつ疑問も浮かぶ。
彼女がローズの命令で公爵邸に侵入しようとしたのは事実だろう。
しかし密偵役にここまで迂闊な人間を抜擢するものか。
オルソン伯爵家が人手不足でもリタよりはマシな使用人は居る筈だ。
もし本当に彼女がリタを密偵として公爵邸に向かわせた場合、それは伯爵家が公爵家の情報を盗もうと画策したことになる。
きっとローズはリタの独断だと責任を押し付けるだろうがメイド一人解雇しただけで終わる話では無いのだ。
そこまで考えて有る事に気付く。
(きっとローズはエリカが前の性格のままだと思っているのよね)
オルソン伯爵家に居た頃のエリカは疑うという事を知らない娘だった。
そして基本嫌がる事も知らない娘だった。
だからリタ程度でもいけると思ったのかもしれない。
原作のエリカならリタをメイドとして雇うだろうと私は思う。
そしてリタの罪が明らかになったらショックを受けて追い打ちでリタに罵倒される。
結果ケビン辺りが突然出て来てリタを断罪しつつオルソン伯爵家に圧をかけたりするのだろう。
エリカはケビンに守られながら自分に酷い事を言ったリタにまだ同情を続け「お前は本当に甘いな」とケビンに言われる。
漫画には無かった光景だが、私はありありと思い浮かべられた。
(まあこの世界のケビンは連帯責任で私の事も容赦なく詰めると思うけれど)
一瞬だけリタをあえて雇い泳がせようかと思ったが、すぐ却下した。
ケビンは私をいたぶる隙を狙っている節が感じられるし、何より子供たちにリタを近づけさせたくない。
「あんた、ちょっと公爵夫人になったからって態度が変わり過ぎよ!」
「メイド時代のように何でも受け入れてニコニコしてたら屋敷ごと悪人の食い物になるだけだもの」
私がそう言うとリタは悔しそうに唇を噛んだ。
「大人しく帰りなさい。そうじゃないとアベニウス公爵夫人としてオルソン伯爵家に苦情を申し入れる事になるわ」
「なっ、何でよ、私個人の事で伯爵家は関係無いじゃない!」
焦ったようにリタが言う。責任感など持ち合わせていない彼女だ、きっとローズに脅し混じりに言い含められているのだろう。
「あるわ。オルソン伯爵家がメイドの扱いを間違えた結果、今ここに公爵家で雇えと騒ぎ立てるメイドが居るのだから」
「……後悔、するわよっ」
暫く下を向いていたリタはそう噛みつくように吐き出すと椅子から立ち上がる。
そして扉へとズカズカ歩き出した。
「アイリ、ちゃんと敷地の外までお見送りして頂戴」
「かしこまりました、奥様」
「一人で帰れるわよ、馬鹿にしないで!」
「私が伯爵家を出る直前まで清掃担当の部屋の場所を毎回訊いてきた貴方が?」
私がそう返すとリタは顔を真っ赤にして部屋から出て行く。
アイリは見張りの意味も含めて付き添わせたのだが最後まで気づかなそうだ。
「はあ……オルソン伯爵家の人間は相変わらずね」
急に静かになった部屋で私は溜息を吐いた。
そして背後で待機していたカーヴェルに声をかける。
「オルソン伯爵にリタの件で苦情を申し入れるわ」
「かしこまりました」
「伯爵本人に必ず渡すよう手配して。何日かかっても良いわ」
私はそう告げる。
別にリタが大人しく帰ったならオルソン伯爵家に抗議しないなんて私は約束していない。
それにこんな騒ぎをオルソン伯爵家の当主が知らなければ大問題だ。
「流石に甘やかされ放題の異母姉も叱られるかもしれないわね」
私は薄く微笑んだ。
「こちらも色々忙しいし、お姉様もそれで大人しくなってくれると良いのだけれど」
まあ無理でしょうね。
私の呟きにカーヴェルは長い睫毛を伏せて沈黙を守った。




