80.
原作ではもっと狡猾な嫌がらせをしていたブライアン。
原作では特に何もしでかしていないマレーナ。
(けれどブライアンが私に惚れて、更に彼とマレーナが恋愛関係であったなら)
そう考えた途端頭の中で一本の線が繋がった。同時に脱力してしまう。
何故なら辿り着いた答えがあんまりなものだったからだ。
(マレーナは心変わりをしたブライアンへの復讐を企てているのだわ)
そしてブライアンはマレーナが自分を憎んでいることを知らない。
だから彼女の口車に乗って駄目な行動を繰り返していく。
手紙の偽装を発案したのもマレーナだろう。原作内のブライアンはそんな真似をしていないのだから。
だからアベニウス公爵家を辞めるだけで済んだともいえる。
当然今はそれだけで済まない。
他貴族からの手紙を偽造し、公爵夫人である私の書いた手紙を破っている。
そしてカーヴェルに睡眠薬を飲ませた。
世が世なら警察行きだ。
しかしここで一つ疑問が生まれる。
(マレーナはブライアンが共犯として自分の名を挙げると考えないのかしら)
流石にそこまで頭が悪いとは思えない。実際ブライアンに睡眠薬を服用させ会話が出来ないように工作はしている。
ただ彼が飲んだのは絶命するような毒薬ではないので、時間が経てば目を覚ますだろう。時間稼ぎにしか過ぎない。
(何の為の時間稼ぎかしら)
考えながら歩いていると向こうからエミリエが来た。
何かを探しているような視線でうろうろしている。
「どうしたの?」
「奥様……!」
声をかけるとエミリエは驚きと安堵が入り交じった表情になった。
「あの、つまらないことかもしれないんですけど」
「大丈夫よ、何でも言って頂戴」
「あの、先程リーネさんが舌打ちをしながら部屋の扉を蹴っていて……」
「貴方の?」
「いえ、違います、確かブライアンさんの部屋だったと……」
「今すぐ向かうわ」
私は来た道を戻る。向こうの通路を使った方がブライアンの部屋には近い。
恐らく又マレーナと擦れ違うだろう。寧ろマレーナもブライアンの部屋に用が有ったから向こうへ歩いて行ったのではないだろうか。
そんなことを思っていたがブライアンの部屋に到着するまで一度もマレーナの姿を見ることはなく私は首を傾げた。
「変ね……」
そう呟きながら私はブライアンの部屋のドアノブに手をかける。鍵はかかっていた。
だからリーネは扉を蹴ったのだろうか。
(つまり彼女はブライアンかこの部屋に用事が有った?)
だとしたら目的は推測できる。ブライアンの部屋の引き出しに在ったシーリングスタンプたちだ。
これらはリーネが元同僚のエミリエから借りるという名目で取り上げて無くしたと嘘を吐いて私物にしていた。
それを使いブライアンは偽の手紙を作り上げたのだ。
私はリーネを探したが、入れ違いで街へお使いに行ったと他のレオ付きの使用人に告げられた。
戻ってきたら公爵夫人室に来るよう伝言して私は地下室に戻る。ブライアンはまだ眠り続けていた。
少し様子を見た後、ホルガーの所へ向かう。
彼にブライアンとマレーナが恋愛関係ではと告げるとまさかという顔で驚いていた。
しかし直近半年の使用人シフトを思い出させたところ、毎月二回マレーナとブライアンの休日がきっちり被っていた。
「いや、でも、父親と娘のような年齢差では……」
信じられないように言うホルガーは人間としてはまともでも家令としてはどうかと思う。
留守がちなケビンと節穴家令のホルガーの下でマレーナとブライアンがどれだけ好き放題増長できたかと思うと胃がキュッとなった。
ホルガーも無能では無いのだ。記憶力とかは凄く良い。しかし家令に必要な洞察力が決定的に欠けていた。
「ブライアンには息子だけでなく七歳になる孫娘がいるのですよ……?」
「そう」
だから有り得ないですよみたいに言われても、逆にホルガーが気の毒になってきた。
もっとまともな家で家令以外の仕事に就けていたなら彼は幸せになれたのかもしれない。
でもこの魔窟のような公爵家の家令には致命的に向いていなかった。
「ならブライアンがカーヴェルと同じ年頃だと想定したなら、ブライアンとマレーナの関係はどう見えたかしら」
自分で言っていて何故か嫌な気持ちになる。例えに使ったカーヴェルに失礼だと感じたからだろうか。
「……確かに数年前は二人が笑顔で談話しているところを時々見かけましたが、しかし最近はそんなことも無くて」
「わかったわ。あと地下室の隠し通路の場所を教えて頂戴」
「申し訳御座いません、そちらは旦那様の許可がないとお伝え出来ません」
先程までの情けない顔が嘘のようにホルガーが即答する。腹が立ったが納得もした。
「出来れば探すこともなさらないでください、もし見つけてしまえば奥様でさえ酷い罰を受ける可能性が御座います」
「……わかったわ」
うっかり見つけてしまったらどうすればいいのだろう。何も見なかったことにするしかないのか。
もしケビンが隠し通路を使っている最中にたまたま部屋の模様替えをして家具で出口も入り口も扉を塞いだらどうなるのだろうか。
様々な疑問を呑み込む。万が一閉じ込められてもケビンの自業自得だ。
その後カーヴェルの所に見舞に行こうとしたがレインが外出中なので止めた。
「遅いわね……」
数時間後そう呟いていると馬車だけ戻って来た。
御者が持って来た手紙をメイドから預かる。夕食に誘われた為帰りが遅くなるというレインからの報告と詫びだった。
「随分向こうに気に入られたのね」
レインの分の夕飯は不要だと手紙を持って来たメイドへ厨房に伝言を頼んだ。
これはブライアンを診療して貰う事も無理やり覚醒させて貰う事も本日は無理だという事だ。
予定が狂った為溜息を吐く。しかしその途中で閃きのような物が浮かんだ。
短い手紙を書くと別のメイドを捕まえ御者からレインに渡すよう頼む。
そしてそのままレオの子供部屋に行った。マレーナとリーネは不在だった。
レオは突然やってきた私を見ても以前の様に嫌な顔をしなかった。
「何か用か?」
興味深げに言ってくる子供に私は笑顔を浮かべる
「実はレイン先生がね、カーヴェルが目を覚ますかもしれない薬を見つけたの」
「えっ」
レオは驚いた顔をする。
「今調合しに実家に戻っているけれど今晩中に完成した薬を届けるって手紙が届いたわ」
「やったぁ!」
「睡眠薬を飲んだ人を無理やり目覚めさせる薬だから、物凄い匂いで舌が痺れるぐらい苦いそうよ」
「それは……カーヴェル、可哀想だな。俺、謝らなきゃ……」
「そうね、謝らないとね」
私は反省した様子のレオの頭を撫でながら返す。
優しくそう口にしながら見えない視線を確かに感じていた。




