74.
「俺……カーヴェルともっと遊びたくて、病気になって欲しいわけじゃなく、て……」
私の服を掴んだままレオが言う。とても小さくて所々掠れた声だった。
彼は今頑張って声と勇気を絞り出しているのだろう。
「マレーナは大丈夫しか言わないけど、ずっと、怖くて……」
私はしゃがみこんでレオの顔を覗き込む。
その大きな瞳は涙が揺らいで今にも溢れそうだった。
マレーナの繰り返す大丈夫という言葉は彼に安心感をもたらさなかったらしい。
当たり前だ、レオを黙らせる為だけの無責任な言葉でしか無いのだから。
「怖いのは自分のやったことが怒られるようなことだから?」
「それだけじゃない、カーヴェルがこのまま目を覚まさなくなったら……」
どうしよう。そう唇が震えて泣き声が漏れる。
私は彼の小さな体を抱きしめた。前世で息子たちにそうしたように。
「そうよね、とても怖いわよね。よく言えたわね」
私がそう語り掛けると腕の中のレオの体から緊張が解けるのがわかった。
でも私も違う理由で安堵していた。
(レオが怒られることだけを不安がる子供で無くて良かった)
ちゃんとカーヴェルのことを心配して罪悪感に苦しんでいた。
泣いているレオには少し申し訳ないがそのまともさにホッとしたのは事実だ。
そしてそれはそのままレオの苦悩をなんとも思ってい無さそうなマレーナへの不快感に変わる。
「レオ君、カーヴェルを治すにはカーヴェルが倒れた原因を知らなければいけないの」
私はレオの目を見て告げる。
涙で濡れた頬をしていたがレオはまっすぐにこちらを見て頷いた。
「カーヴェルは本当に玄関で倒れていたの?」
「……違う。リーネが持って来た紅茶を飲んだらぼんやりして、そして眠った」
「リーネって貴方のお世話をするメイドの一人?」
私が確認するとレオは頷く。
確かに残留組のメイドの一人がその名前だった気がする。
前の面談でマレーナが居ないと困ると言っていたが結局彼女に利用される形になったのか。私はそのことを皮肉に思った。
「紅茶にカーヴェルを眠らせる薬を入れたってことね。眠った後に救護室まで運んだのは誰?」
「……リーネとレナと、ブライアンが運んだ。ブライアンは文句を言ってた」
レナもレオ付きメイドの一人だ。
そしてやはりブライアンはこの時点で計画に堂々と噛んでいたのか。
「紅茶に眠り薬を入れるのはレオ君の作戦?」
「違う! 俺はそんなこと考えたことない、ただ……」
「ただ?」
「カーヴェルが家令じゃなければ俺ともっと遊べるのにって……」
「マレーナに言ったの?」
レオは俯いたまま肩を震わせる。
きっとマレーナはレオの言葉を聞いた瞬間捕食者のような笑みを浮かべていただろう。
自分の計画に対し公爵令息の願いを叶える為という大義名分が得られたのだから。
「じゃあ眠り薬はマレーナが用意したのね?」
私が確認の為に尋ねるとレオは違うと首を振った。
「薬はリーネが用意して、過労でカーヴェルが倒れたら家令を辞めさせられるからって……」
「……リーネが?」
「俺とマレーナの会話を聞いて、なら自分がって思ったって……」
私は首を傾げる。申し訳ないがあのメイドにそこまでレオに対する忠誠心や思い入れを感じることは無かった。
十中八九マレーナに悪役を押し付けられただけだろう。
しかしそんな理不尽な目に遭いながらそれを私に報告しない理由が気になった。
「マレーナはそれを聞いて、自分が責任を取って辞めるって泣いた。でも俺は辞めて欲しくなくて……」
「そう……」
どうせ嘘泣きだろう。辞めると言い出したのもレオに止めて貰う為にだ。
私はマレーナという女が怖くなった。
「マレーナが家令補佐のブライアンにカーヴェルのことを相談したら、あいつも協力するって」
「協力、ね」
「カーヴェルが家令を辞めたらブライアンが家令になれるから、そうしたら俺たちがしたこと全部黙っておくって言われて……」
レオは罪悪感を顔に浮かべて小さくなっている。
けれど私は首を傾げる。レオは別に何もしていないからだ。
レオはただカーヴェルが家令を辞めたら一緒に居られると子供の我儘を言っただけ。
なのに自分も犯罪者の一人になったと思い込んでいる。
私は彼を取り巻く大人たちの邪悪さに寒気がした。
一番の化け物はマレーナだ。巧妙に責任を他人に擦りつけ続けている。
(でも絶対逃がさない)
私は決意を新たに涙を零すレオを抱きしめた。




