68.
「カーヴェル氏の血液諸々採取した上で検査すれば薬物混入については立証できると思う」
レインは白衣のポケットに手を突っ込みながら言う。
「紛らわしくなるから今は睡眠剤を常用して無くて良かった。他に常用している薬も無いようだし……無いよね?」
「はい、今は何の薬も」
「本当に良かった、もし睡眠薬と飲み合わせの悪い薬を服用していたらと考えるとそれだけで胃が痛くなってくる」
レインの溜息に私も内心で同意した。
前世でも軽い気持ちで薬を飲み物に混入した件が偶にニュースになっていたが、悪戯扱いで許される行為ではない。
「検査結果が出るのは数日後になるけれど、今すぐ外部に捜査を頼む予定は?」
「無いわ。どうせマレーナたちはレオ君に押し付けて子供の悪戯で終わらせる作戦でしょうし」
その場合私がケビンに公爵夫人としての監督責任がどうとかで責められるのが目に見えている。
そもそもレオは自分の息子でしょうがという主張をあの男は絶対に受け入れないだろう。
「そういえば……マレーナさんは紅茶を持って来た時にレオ様がお手伝いされたと口にしていましたね」
「睡眠薬について追及された時にレオ君が目を離した隙に入れてしまったとでも言い訳するのかしら」
私はマレーナがどのような感じで釈明するのか簡単に想像できた。以後気を付けますという声まで脳裏で再現できる。
彼女はメイドとして有り得ない事ばかりしているように見えるが、常に責任転嫁先を用意する周到さがあった。
「なのでレオ君の部屋やマレーナたちの荷物を焦って捜索するのもあまり意味はないわね。彼女は恐らく気づかれても良いように動いている」
「……私が睡眠薬で意識を失ってから奥様にそれが伝わるまで二時間経過していますしね」
「子供部屋から誰にも気づかれないようにここまでカーヴェルを運ぶのにかかった時間かと思うと笑ってしまうけどね」
しかしどれだけ時間をかけようがマレーナとレオだけで成人男性のカーヴェルを救護室まで運べる訳がない。
絶対協力者がいる筈だ。
(ブライアン辺りでしょうね)
私は冷め切った心で思った。
「立案者はマレーナでレオ君とブライアンが協力者。そしてこの二人がマレーナに責任を押し付けられる役になると私は考えているわ」
二人にそう告げる。レインが質問があると挙手した。
「今更なんだけれど、この麗しき家令殿にメイドやレオや家令補佐達が結託して睡眠薬を飲ませた理由がわからないな」
その指摘に私とカーヴェルは一瞬顔を見合わせた。
確かに屋敷内の人間からしたらそういう考えにもなるか。
「過労を理由に家令職を辞めさせるのが目的の一つだと思うわ」
「……そこまで彼は嫌われているのかい?」
レインの驚いた顔に私は苦笑いを返す。
「恐らくレオ君は家令を辞めた後のカーヴェルを自分の専属従者にでも出来ると吹き込まれている筈よ」
レオはマレーナにマーベラ夫人の解雇を止めるよう求められた結果嫌がり家出しようとした。
ケビンに意見することが怖かったのもあるだろうが、その行為にメリットを感じなかったのも一因の筈だ。
それだけが理由じゃないかもしれないが、カーヴェルに対する執着心は確実に利用されているだろう。
「確かに……レオ様に従者になるよう何回か求められたことがあります」
「随分彼はレオに気に入られているようだね」
「それはもう。そしてブライアンは家令の地位が空席になれば補佐の自分がそこに座れると思っている」
絶対有り得ないけれど。私は断言する。
「ということでレオとブライアンの二人をメインに揺さぶることにするわ」
「メイドより家令補佐の方がボロを出しやすいのか……」
「ええ、もう既に幾つも出しているし……これからもっと出すわ」
ドレスのポケットから自分宛の封筒を取り出した。
面倒臭がり屋のブライアンが急ぎでも無いのにわざわざ私を捜して手渡して来たものだ。
「これはブライアンが自分が対処すると珍しく積極的だった、解雇したメイドたちの親から届いた抗議の手紙よ」
「アベニウス公爵家に抗議? それは随分と覚悟が決まっているね。余程理不尽な理由で解雇されたのかな」
「勤務中にお菓子を食べたり遊んでいたり、後輩の休憩時間を勝手に短縮して仕事を押し付けたりしたのが理由よ」
「……それで平謝りどころか抗議なんて、そのメイドたちの親は破滅願望でもあるのかな?」
理解出来ないと困惑した表情で言うレインを私は眺めた。
彼女には大変失礼だが表情豊かで常識人のケビンに見えて少しだけ面白い。
「本当に抗議文の差出人がメイドの親たちからならね」
私は手紙をしまい直すとカーヴェルに家令室の鍵を渡すよう求めた。




