44.
ホルガーに謝罪させた後私はカーヴェルを応接室へと誘った。
軽い面接を行いたいがこの場で行うとホルガーが一々横槍を入れてきそうだったからだ。
アイリに頼んで二人分のお茶を用意して貰う。
それをテーブルに配膳し終わった後は部屋の隅で控えるよう頼んだ。
「どうぞ楽にして頂戴」
私はそう言って紅茶を口に運ぶ。
しかし対面に座ったカーヴェルは僅かに戸惑った表情を浮かべるままだった。
背筋を伸ばしたままカップに手を出さず私を見ている。
この場面で楽にしてと言われて即寛げる人間もあまりいないかもしれない。
私は喉を潤すと本題に入った。
「カーヴェルさんはアベニウス公爵家の家令になりたいという気持ちはあるの?」
予想外の質問だったのか眼鏡の奥の瞳が見開かれる。
「確かにホルガーは息子が後を継ぐと言っていたけれど、貴方にそのつもりがあるのか知りたいわ」
「私は……微力非才の身ですが公爵家のお役に立ちたいと願います」
少し間があったがカーヴェルははっきりと言い切った。
私は頷く。
「わかったわ。今は甥御さんの家庭教師をされているという話だけれどいつから屋敷で働ける?」
「図々しいかもしれませんが、甥に当面の課題を用意したいので明後日までお時間を頂けませんでしょうか?」
「構わないわ。次の家庭教師がすぐ見つかるとは限らないものね」
そう言えば私もレオとロンの家庭教師を見つける必要があった。
マーベラ夫人は既に解雇されている。
レオとロンにも次の家庭教師まで繋ぎの課題が必要だった。
「実は公爵家も本日家庭教師が辞めることになって、子供たちには私が課題を与えるつもりなの」
「奥様がですか?」
「そう。ただ本を読ませて感想文を書かせるぐらいしか思いつかないのだけれど」
「素晴らしいことだと思います。読書も感想を文章化することも必要な勉強ですから」
「ただ、それだけで良いのかとは思っているの。かといって具体的な物は全く思いつかないのだけれど」
そこまで口にして、カーヴェルもこんな愚痴を聞かされても困るだろうと気付く。
共通点を見つけたせいで口が滑ってしまった。
しかし彼は私の言葉に興味を持ったようだった。
「……子息様たちの学習状況が確認できれば、少しは奥様をお手伝いできるかもしれません」
「私の、手伝いを?」
「はい、甥用の課題を作る際にレオ様とロン様の課題も作成させて頂けたらと思います」
そういうと彼はレオとロンの年齢はこれで合っているかと確認してきた。
カーヴェルがレオとロンの名前や年齢を知っていることに少し驚いたが家令の息子として事前に把握済みだったのかもしれない。
何にせよ元文官で現役家庭教師のカーヴェルの方が、最低限の読み書き作法しか知らない私より適した課題を与えてくれるだろう。
「甘えても良いならお願いしたいわ。ただ二人の学習状況もまだ把握しきれていないの」
「では奥様と御子息様方が許可を下さるなら、そちらも私が確認させて頂ければと思います」
軽く微笑んでカーヴェルは言った。眼鏡の似合うその顔に頼もしさを感じる。
家令というより子供の担任教師と言った感じだ。
「わかったわ。二人とその侍女たちに確認してきます。それまで、こちらでお待ち頂けるかしら」
「かしこまりまし……た」
優しそうな笑顔を浮かべる彼の声が途中で途切れる。
腹の虫が鳴いたのだ。結構大きめだった。
つまりカーヴェルは空腹なのに食事もせずホルガーの元に駆け付けたということだ。
「……御無礼を。申し訳ございません」
「いいのよ、気にしないで」
頬を赤くして謝罪する彼に私はそう告げる。
「夕食前だものね。アイリ、彼にすぐ食べられるものを用意して」
「かしこまりました奥様」
「いえ、私は大丈夫です。そこまで甘えてしまうわけには……!」
「私が家族を呼ぶようホルガーに指示して、貴方は空腹なのに駆け付けた。食事を用意するのは当たり前だわ」
「奥様……有難う御座います」
「私は席を外すけれど、何かあったらアイリに言って頂戴」
噛みしめるように礼を言うカーヴェルに告げ私は応接室を出た。
これからレオとロンの部屋に行き、二人とそれぞれの侍女と話す必要がある。
ロンとマーサは多分大丈夫だろう。課題を出す為だと言えば快く学習状況確認に協力してくれる筈だ。
問題はレオたちだった。彼の使用人について一切把握していないので鬼が出るか蛇が出るかもわからない。
もしマーベラ夫人もどきやセラもどきが出て来たらどうしようとも思う。
同時にあんなのが何人も居てたまるかという気持ちにもなった。でもそうだった場合は。
「いっそ……一日でこの屋敷の膿を出し切るのもいいかもしれないわね」
毒を食らわば皿までという言葉が何故か脳内に浮かんだ。