34.
「アルヴァ・アベニウスを知っているかい?」
唐突にケビンの弟の名前を出される。
私はレインからの質問に頷いた。
「ケビン様の弟になる方ですよね。確か既に亡くなられた……」
知っている情報を告げるとレインはよく知っているねと褒めてくれた。
「でも本当は死んでいるかどうかわからないんだ」
「えっ……」
「アルヴァは突然いなくなったからね。出奔か事故かさえわからない」
「なのに死亡扱いされているということは、何年も見つかっていないということですか」
「その通り、十年以上経過している。その間見つかったのは靴だけだ」
「……靴?」
アルヴァは靴を揃えて身投げでもしたのかと思った。
しかしこの世界は屋内でも靴を履いている。わざわざ脱いで投身自殺するだろうか。
(まあ作者が日本人だから、可能性はゼロじゃないけれど……)
今更ながらにおかしな世界に生きているなと実感した。
もしかしたら死んだ直後に見ている夢の中に今の自分は居るのかもしれない。
だとしてもお腹は空くし背中をぶつければ痛いし痣にもなるのだけれど。
「何故靴だけは見つかったのですか?」
「湖に浮いていたからだよ。アベニウス公爵家別荘のね」
「別荘の、湖……?!」
それは確かカーヴェルが死亡する場所の筈だ。
彼より前に犠牲者が出ていたなんて初耳だった。
というかそんな危険な場所なら立ち入り禁止にしていて欲しい。
(エリカ、その水を綺麗だって飲もうとしてたわよね)
カーヴェルが安全性が心配だと止めてくれたけど。
でもその時にケビンに貰った髪飾りを落としてしまうのだ。
そして拾おうと足を滑らせた。
「つまり湖に落ちそうになった時に靴が脱げたってことでしょうか?」
「もしくは溺れてもがいている時に靴が脱げたかと言われているよ」
どちらにしろ生々しくて鳥肌が立つ。
つまり原作内ではこの湖でカーヴェルとアルヴァ二人の命が奪われているのだ。
「溺死の可能性が高いから死亡認定も早かったな。大人たちは私のことを考えてとか言っていたけれど……」
「レイン先生の?」
何故ここでレインが話題に出てくるのだろう。確かにアルヴァの親戚ではあるのだろうけれど。
「私とアルヴァは婚約していたからね、私が婚期を逃さないようにという判断らしい。結局私はまだ未婚だけれど」
皮肉気な笑みを浮かべるレインを前に、私は混乱する。
ケビンはリリーが好きで、レインはケビンが好き。
その上でケビンの弟のアルヴァとレインは婚約者だった。
しかもレインはケビンに似た外見だしアルヴァも漫画内で見た限りケビンと似た外見だった。
(下手したらリリー以外全員男性に見えるけど、作者どういう性癖?!)
私が戸惑っているのを察したのか、レインは変な関係に見えるよねと笑った。
「アルヴァは医者を目指していたんだよ。だから医者家系の私と結婚して婿入りするのが一番良いだろうってなったんだ」
「成程、そういう事なら……」
「医者になりたかった理由はリリーの病弱を治す為だったらしいけれど」
ただでさえ面倒臭い関係に更にややこしい情報が追加される。でも正直、薄々は察していた。
アルヴァもリリーに惚れていたんじゃないかと。だからこそアベニウス兄弟の仲は悪化したのではないかと。
沈黙している私にレインは気にしないで良いよと笑う。
「私は別にアルヴァのことを好きでは無かったし、彼がリリー第一な関係でも構わなかったんだ」
まあ貴方もケビンのこと好きですしねと言いそうになって唇を噛みしめた。
「ただ四人で出かけたり、遊ぶ時は疎外感が凄かったね。たとえるなら一人の姫に二人の王子。私は置物みたいだった」
「それは……」
「令嬢たちには笑われて侍女たちは同情して母親は怒ったよ」
令嬢たちの性格が悪過ぎてその場で叱り倒したくなった。一方で暇人たちにとっては面白い見世物ではあったのだろうなと悪趣味なことも思う。
美形兄弟が一人の少女を愛して険悪になっているというのは噂話の種火に持ってこいだろう。
巻き込まれたレインはひたすら気の毒だけれど。
「自分が女だから惨めだと思われるんだと男装し始めたら、途端令嬢たちからちやほやされて笑っちゃったな」
レインの人生もしっかり巻き添えで狂わされている。
彼女だって別にドレスが似合わないわけではないのに。
寧ろ最終回で着飾った姿は美女過ぎて別人だった。
アベニウス兄弟やリリーとさっさと離れられたら彼女の人生は大分違っていただろう。
「リリーも男装した私を素敵だと誉めてくれて、それからは無邪気に腕を絡めたり抱き着いてきて……初めて彼女の友達認定されたと思ったよ」
「それは、友達と、いうか……」
「ケビンにもアルヴァにも睨まれたけれどね。当時の彼らは流石にそこまでは許されていなかったらしい」
リリーウィズ拗らせ兄弟に巻き込まれて何から何まで気の毒すぎる。
内心同情する私の耳にレインの呟きが届く。
「でもケビンに……あそこまで意識を向けられたのは嬉しかったんだ」
しっかり拗らせきっていた彼女の言葉を私は聞かなかったことにした。