3.
窓を開けなくても少年たちの騒いでる声は二階の部屋まで聞こえて来た。
それに対し先程のメイドは無反応だった。つまりこの屋敷に住む者にとっては日常の一部なのだろう。
私だって前世では結婚して子供もいた。
男児が二人いれば騒がしくなることだって理解出来る。
でもそれを止める者が全くいないのは理解出来ない。
しかも年少側が一方的に責め立てられているというのに。
私は部屋を出て窓から見えていた場所に行った。
そこは子供用の遊び場だったらしく端にブランコや滑り台があった。
しかし子供たちはそれらに見向きもしない。
黒髪に青い目の子供たち。遠くから見たら身長ぐらいしか違いが無い。
体格的に小学校高学年と中学年ぐらいか。前世の息子たちの子供時代を思い出し懐かしくなった。
けれど二人の仲は良くないらしく、比較的長身の方が怒った顔で相手を怒鳴りつけている。
「だから、お前は俺の言う通りあいつに嫌がらせすればいいんだよ!」
「そんな……でも、怪我させたら……」
「うるさい!お前だってあんな嫌われ者が母親なんて嫌だろ」
「僕は……でも……」
「お前っ、兄である俺の言う事が聞けないのかよ!」
そう言いながら少年が相手に向かって手を振り上げる。
私は後ろからその拳を両手で掴んだ。
「兄って言うのはいつから暴君の別名になったのかしら?」
「なっ……」
「言う事を聞かないから怒って騒ぐ。まるで赤ちゃんね」
「なんだと!」
「人に言う事を聞かせる為に暴力を使うなんて、ろくな大人にならないわよ」
「お前が言うな、この悪女!」
少年はそういうと私の拘束を無理やり振り払った。
ぜいぜいと肩で息をするとその青い瞳でこちらを睨みつける。
「皆が言っていたぞ!お前は悪人だって!」
「皆が言ってた、ねえ……じゃあ皆が死ねと言ったら死ぬの?」
私の暴論に黒髪の少年は目を丸くすると顔を真っ赤にして怒り出した。
「そっ、そういう話じゃないだろ!」
「そういう話よ。どうせ死ねと言われても死なないのでしょ。じゃあ全部自分で判断してるってことじゃない」
「そんなこと……」
「皆が言っていたなんて誰かのせいにしないで貴方が私を嫌いならそう言いなさい。そして弟を貴方のその感情に巻き込まないで」
嫌がらせしたいなら他人任せは止めて自分の手でしなさい。
私がそう言うと少年は悔しそうな顔でこちらを睨みつける。
「俺はお前が嫌いだ!もし父様に命令されても絶対母親だなんて認めないからな!」
びしりと指差して宣言される。
私は微笑んで返した。
「ああそんなこと、別に構わないわよ」
「えっ……」
「私だって困るもの」
そう言うと何故か黒髪の少年はショックを受けた顔をする。
自分の方から母親と認めないと騒いでいた癖に何故そんな傷ついた顔をするのか。
「だって私と貴方たちは挨拶だってまともに交わしていないのよ。知り合いですら無いわ」
異母姉ローズが土壇場で結婚を嫌がった為に急遽花嫁にされたエリカ。
伯爵家で使用人のような扱いをされていた彼女はローズの妹として公爵家に紹介されることもない。
まともなドレスも与えられず結婚式に参列する予定すら無かった。
エリカが人嫌いの我儘娘で交流を嫌がったという嘘の説明が公爵家にはされていた。
男好きという噂を既に立てていたたというのに矛盾にも程がある。
だからケビンと直接会話したのは初夜のやりとりがほぼ初めてだった。
なので彼の子供二人の顔をここまでしっかり見たのも初めてだ。
でも名前と年齢と大体の性格は知っている。 「一輪の花は氷を溶かす」の漫画内で説明があったから。
兄の方はレオ・アベニウス。
今年十歳になるアベニウス家の長男。
黒髪に青い瞳の勝ち気そうな顔立ちの少年だ。実際気は強い悪ガキタイプだ。
そして兄に虐められていた弟はロン・アベニウス。
今年で八歳になる。父や兄とそっくりの容姿だが彼は二人と違い猫背気味で気弱な性格だった。
この二人がエリカを母親と認めない流れも原作通りだ。
作中ではエリカが美味しいクッキーやケーキを焼いて甘いもの好きのレオを懐柔して徐々に仲良くなる。
そしてレオはエリカを母として認め、ケビンと仲良くなるよう積極的に応援するようになるのだ。
ただ私はそこまで悠長なことはしたくなかった。
あと別にレオに好かれたいとも思わないしケビンとの仲を応援もされたくない。
「私を母親扱いなんてしなくていいから弟を虐めるのはやめなさい」
「なっ、お前に関係ないだろ!」
「あるわよ、見ていて気分が悪いのよ」
エリカに手懐けられるまでレオは散々弟のロンを手下のように扱いエリカに嫌がらせをしてきた。
嫌がらせに失敗するとロンをヒステリックに怒鳴り殴ったりもした。
前世でそのシーンを見る度に何度漫画の中に飛び込んでこの小僧を引っぱたきたくなったか。
「弟は貴方の手下でも玩具でもないのよ、好き勝手していい存在じゃないの」
ずっと言いたかったことを言う。一方的にスッキリするとレオは表情を歪めて私に叫んだ。
「何も知らない癖に勝手な事言うな!こいつは俺の言いなりにしなきゃいけない理由があるんだ!」
庭に響き渡る声で叫ぶとレオは走り去っていった。
そんな兄の姿をロンは震えながら見つめる。
私は彼の頭を優しく撫でた。
「安心して、そんな理由なんて無いから」
そう言うとロンは青い目に涙を浮かべる。でもすぐに私から顔を逸らした。
「違うよ、あるんだ。貴方は知らないだけ」
「知ってるわよ。だから言っているのよ」
私は彼の頭をもう一度撫でた。レオがロンを虐める理由を私は知っていた。
ロンが生まれたのは八年前。二人の母親が亡くなったのも八年前。
レオがロンにきつく当たるのは弟が母を殺して生まれたと思っているからだった。