28.
ロン付きの侍女マーサとはその後少し会話をした。
メインになるのは次の家庭教師が来るまでロンの授業はどうするかと言う事だった。
私は考えた後、毎日好きな本を読みその読書感想文を書くように提案した。
レオ側にも同じ課題を出すつもりだ。
私は二人がどんな本を好んでどんな感想を抱くか知りたかった。
それで彼らの好みや性格の一端を知ることが出来ると思ったからだ。
(ロンは今のところとっても良い子だけれど……)
だが現状原作に出てくる人物は高確率で一癖も二癖もある。
ロンは特に情報が少ない。その人柄を知る機会があるなら利用したかった。
マーサとロンは私の提案に賛成してくれた。
ただ気になったのは図書室にある児童書が他の本に比べ冊数が少なくしかも古い物ばかりということだった。
ならロンの自室にあるのかというと幼児期に与えられた絵本が数冊程度らしい。
(私の服だけでなく、こういった部分にもお金をかける必要があるわね)
私はマーサたちに改善努力を約束して話を切り上げた。
ホルガーが図書室の扉を開けたのが見えたからだ。
「奥様、大変お待たせ致しました」
「大丈夫よ、医師がいらっしゃったの?」
「はい、どちらにお通しすれば宜しいでしょうか」
ホルガーに言われ私は考える。
その間にマーサとロンはお辞儀をして去って行った。
「公爵様の時はどちらにお通ししているの」
「御病気の時や肌を見せる場合などは寝室に通されております」
「なら私も同じで良いわ」
そう言いながら机に置いておいた本を書棚に戻そうとする。
「奥様、私が」
言葉と共にメイドのアイリが代わりに本を持った。
「有難う、お願いするわ」
私は礼を言うと彼女に片づけを頼む。
「ホルガー、この図書室には児童書が少ないわ。授業で使うから買い足したいの」
「かしこまりました。司書に手配致します」
「可能なら私が直接本を選びたいわ。私が読む本も欲しいし」
「……では、業者を呼ぶよう手配致します」
少し間を置いた後ホルガーが答える。私はそれにお願いねと頷いた。
図書室を出て自室に戻る。
「公爵様は?」
「今は自室にいらっしゃいます。 ……王都には明日の早朝出立される予定です」
「と私には話しておくように言われた?」
私がそう聞くとホルガーは急に咳き込む。そこまで驚くとは思わなかったので慌てた。
「ちょっと、大丈夫?」
「は、はい、申し訳御座いません」
何に対する謝罪かは不明だが私はそれを受け入れた。
「気にしないで。それで実際はどうなの?」
「……今回は奥様に対し偽るような指示は受けておりません」
「そう、ついでに確認するけれど……地下牢と公爵様のお部屋って繋がっていたりとかするのかしら」
小声で尋ねると先程とは比較にならない程ホルガーは咳き込んだ。
その拍子に腰をやったらしく、苦悶と共に崩れ落ちるのを慌てて支える。
まさかここまでの反応をされるとは思わなかった。家令なのに揺さぶりに弱すぎる。
「ちょ、ちょっと……誰か、来て! ホルガーがぎっくり腰よ!」
私は慌てながら、通りがかったメイドに声をかけた。
二人で支えながらホルガーをそっと床に移動させる。
「ホルガー、私が呼んだ医師はどこにいるの?!」
「い、今は応接室にお通ししてます……」
「悪いけれど応接室からお呼びして、それとホルガーを運べる使用人も」
私が指示するとメイドは了承の言葉と共に慌てた様子で立ち去って行った。
なるべく腰に負担がかからない体勢を取りながらホルガーは私に話しかける。
「お、奥様……私はもう家令としてはお役に立てないかもしれません」
「そうね。自宅療養した方が良いわ」
「私の後任は、息子のカーヴェルになると思います……」
そう言われて私は目を丸くする。
確かに原作でもホルガーから息子のカーヴェルに家令は交代する。
(だとしても結婚した翌日は流石に展開が早すぎるわ……)
今日だけで家庭教師のマーベラ夫人が解雇、医師のレインを召致、そして家令の交代と出来事が多すぎる。
「急ですが旦那様が出立される前、本日中に申し出ようと思っております……」
「……そうね、わかったわ」
流石にケビンもこんな状態のホルガーに働けとは言わないだろう。
あと今度こそケビンは王都に行くのだなと思った。
「カーヴェルは先日まで文官をしていて家令職に不慣れですが、努力家ですのでどうか……」
「わかったから今は安静にして」
私は生まれたての小鹿のように震えるホルガーを宥めながら、彼が退職する旨は自分がケビンに報告しに行かなければいけないのかと憂鬱になった。