19.
家令を通じケビンは何故か私にマーベラ夫人の対処をするように言ってきた。
正直嫌がらせ以外の意図を感じない。
ケビン直々にマーベラ夫人に解雇は言い渡し済みだ。
それに対し後から抗議されても公爵夫人である私には何もできない。
公爵が解雇って言ったら解雇ですで終わりだ。
そう繰り返すだけなら家令のホルガーでも対応できるだろう。
(もしかしてクレーム対応力でも試すつもりかしらね)
私はそんなことを考えながら口を開いた。
「わかったわ。マーベラ夫人の話を聞くことにします」
「有難うございます」
深々とホルガーがお辞儀をする。
腰に悪そうだからやらなくていいと言ったが彼は頑として受け入れなかった。
家令交代の日は近いうちに来るだろう。
「ところでマーベラ夫人って今地下牢に居るのよね」
私が確認するとホルガーは唖然とした顔をした。
私はそれに疑問を抱く。原作ではマーベラ夫人は追い出されるまで地下牢に隔離されていた。
「いいえ、空き部屋の一つに隔離しております……地下牢の存在は旦那様からですか?」
ホルガーの疑問に少しだけ焦る。漫画で読んで知ってますなんて答えられる筈がない。
妥当な回答を考える。ケビンに教えて貰ったは駄目だ。万が一確認されたら嘘がバレてしまう。
「……オルソン伯爵家では、姉を怒らせる度に地下牢に入れてやると脅されたからこの屋敷にもあると思っただけよ」
「それは……」
ホルガーが絶句する。
やっぱり伯爵家の人間の対応ってこの世界でも別に常識ではないんだなと思った。
実際地下牢に入れられたことはない。子供のローズにそんな権限は無かったからだ。
ただ長女のローズは婿を取って伯爵家を継ぐ筈。
あのままエリカが伯爵邸に居続ければ本当に地下牢行きになったかもしれない。
(彼女が本当にオルソン伯爵家を継げればだけれど、ね)
ローズは今年二十四歳になる。
前世なら未来ある若者だが、この国では余程の理由が無ければ結婚し子供がいないと問題があると認識される年齢だ。
しかしローズは未婚で婚約者の影すら無かった。
過去に何人か候補らしき男性が正式に伯爵邸を訪れたが婚約者になることは無かった。
だからアベニウス公爵家が後妻を求めているという話にすぐ挙手することが出来たのだろう。
ただローズは結局結婚を嫌がって私を押し付けた。
つまり彼女は結婚予定も無く未婚のままだ。近い内に女伯爵になるという話も聞かなかった。
(エリカは男遊びの激しい悪女だと出鱈目な噂をローズたちに拡散されたけれど……本当の男好きは誰なのかしらね?)
私は歪む唇をそっと掌で隠した。
「マーベラ夫人を見ていると姉を思い出すの。私に暴力を振るおうとするところも同じだわ」
静かにそう訴える。自らの頬に手を添えた。
「解雇を言い渡されて逆上した夫人は私に襲い掛かって来たのよ、旦那様が止めてくれなければ私の顔には酷い傷が出来ていたわ」
もっと悪ければ失明したかもしれない。言い添えるとホルガーは顔を青くした。
「だから檻越しじゃなければ会話はしたくないの。マーベラ夫人は手を拘束したところで噛みついてきそうだから」
実際、マーベラ夫人は原作内で二回エリカに襲い掛かっている。危険なノルマは達成したくなかった。
「もし私が彼女に傷つけられたら、今よりもっと大事になるわ。貴方もきっと責任を問われる……わかってくれるわよね」
「……かしこまりました。マーベラ夫人を地下牢に移送します」
重くホルガーが答える。私は微笑んだ。
「もしマーベラ夫人が抵抗した場合は、公爵様の指示だと言えばいいわ。彼が私に対応を任せたのだから」
そう、彼女が恨むならケビンだ。
マーベラ夫人の対応を彼が私に丸投げしなければ、あの老女はわざわざ地下牢に移されることなど無かった。
そもそも抗議などしなければ良かったという話だが。
「そうだ、図書室で調べものがあるの。準備が終わったら呼びに来て頂戴」
私は立ち上がり家令に命じる。
マーベラ夫人と話す機会があるなら伝えたいことがあったのだ。
その為にこの国の歴史を確認することがある。
(マーベラ夫人、貴方がどれだけ愚かで危うい教育をしていたか……餞別代りに教えてあげる)
ホルガーの丁寧な了承の言葉を背に私は部屋から出た。




