55.
「奥様、馬車の準備が整いました」
「わかったわ」
時間になり、着替えと化粧を終えた私にカーヴェルが伝える。
いよいよこれから移動式遊園地に向かうのだ。
馬車は三台と大所帯だ。
一番立派な馬車には私と子供たち、そして子供たちの強い要望でカーヴェル。
二台目にはアイリ、マーサ、シンシアら侍女たち。
三台目は一番小さく荷物用の馬車だ。従僕としてクレイグも同乗する。
荷物用の馬車はレオが土産を載せるのにどうしても要ると言い張った物だった。
(そんなに大量にお土産を買うつもりかしら)
そもそも移動式遊園地にどういう物が売っているのか想像が出来ない。
今日は貴族など高貴な身分の客だけの日らしいから尚更だ。
前世の遊園地のように可愛らしい箱に入ったクッキーなどは売っているのだろうか。
(饅頭は流石に無いでしょうね)
この世界では前世の食事、特に和食を再現するのは難しいだろう。
それでも食に対する欲求不満がそこまで強くないのはエリカとして十七年生きた結果舌がこの世界に順応しきったからだろうか。
もしかしたら外国人が苦手らしい餡子などは逆に体が受け付けなくなっているかもしれない。
そんな下らないことを考えているとはおくびにも出さず私はアイリとカーヴェルと共に玄関へと移動する。
「遅いぞ!」
興奮を隠しもしない様子でレオが言う。
彼ほどでは無いがロンもソワソワとした様子だった。
「ごめんなさい、じゃあ出発しましょう」
私は子供たちに微笑むと皆で馬車に向かった。
道中ではレオがカーヴェルに対して移動式遊園地のアトラクションについて喋り通しだった。
楽しみにしているとは思っていたがこれ程とは想像していなかった。
このままでは喋るだけで体力切れしてしまいそうだと心配になる頃にカーヴェルが「そろそろでしょうか」と呟く。
その言葉を肯定するように馬車の速度がゆっくりになった。
停留場所を探すような動きをした後に停まるが、扉を外から開ける気配は無い。
「何かあったのかしら」
「予約していた馬車置き場の近くではあるようですが……」
馬車置き場は区切られていて、アベニウス公爵家用のスペースは既に購入済みだ。
しかしまだそこに辿り着けていないのに停まっている。
まさか渋滞でも起きているのだろうか。
そんなことを考えていると扉が外から叩かれる。
私はカーヴェルに目配せする。
「どうしましたか」
カーヴェルが扉を開くと困り顔の御者が立っていた。
「申し訳ありません、家令長様……どうやら貴族の御婦人同士で諍いを起こしてるようで」
「何ですって?」
私が驚いた声を出すと御者は恐縮した様子で言葉を続けた。
「それが奥様、どうやら馬車を停める場所を譲れと片方がごねているようです」
「まあ……」
呆れて物が言えなくなってしまう。
前世でも似たようなトラブルは見かけたが、貴族という立場で馬車という乗り物でも同じことが起こるのか。
(でも昔牛車で似たようなトラブルが起きた話も読んだことがあるわね……)
まさかと思いながら私は御者に尋ねる。
「もしかして……ごねている馬車の方が立派だったりするのかしら」
「その通りでございます」
だからここまで長く揉めているのか。私は溜息を吐いた。
確かに身分が低い方が高い方に駐車場所を譲れとごねるなんて有り得ない。
「どうやら金で場所を買い上げようとしているようですが、それを片方が拒否しているようで」
「譲ったら自分の馬車を置く場所が無くなるものね」
「それで管理人も巻き込んで面倒なことになっているようです」
管理人とはこの駐車スペースを管理している遊園地側の職員だろう。
無理を言っている側を毅然と追い出してしまえばいいと思うが、身分が高いから躊躇しているのかもしれない。
「私たちの邪魔にならないところに移動して口論して貰えないかしら」
「それが……どうも使用人だけじゃなくご婦人方も口論しているようで」
「……呆れた」
貴族の女性たちが公共の場で何をしているのだろうと思う。
そんな私にカーヴェルが話しかける。
「奥様、私が仲裁出来ないか試みてみます」
「そうね……」
「いや、カーヴェルだけだと逆に揉めると思う」
そう口を出して来たのはレオだった。
「どういうこと?」
私が尋ねるとレオが少し怒った様子で言う。
恐らく馬車が停められず遊園地に移動できないことに腹を立てているのだろう。
「自分の身分を使って我儘を言ってる女がいるんだろう? だったらそれより高い身分じゃないと云うこと聞かないと思う」
「つまりそれって……」
公爵夫人である私に介入しろということだろうか。
レオは仏頂面でコクリと頷いた。




