39.
新米店主を応接室に通しお茶を二つ用意させる。
そして話を聞く準備を万端に整えたというのに彼は話そうとしなかった。
ちらちらと私の後ろに控えているカーヴェルを何度も見ている。
「……私の家令が何か?」
話を振ると数秒躊躇った後で意を決したように彼は口を開いた。
「その、私と奥様だけでお話をさせて頂く事は出来ないでしょうか?」
「既にそのように用意をしたつもりだけれど」
「ですが、その……」
口ごもりながら彼は又カーヴェルに視線を向ける。
私は理解した。この男はこの部屋で私と完全に二人きりになりたいのだ。
だがそんなこと出来る筈がない。
彼は身内でも無いし医者という訳でもないのだから。
「……それは私がアベニウス公爵の妻と知って仰っているのかしら」
静かに尋ねると男は申し訳ありませんと謝罪して下を向いた。
このまま話すつもりが無いならさっさと帰してしまおうか。
私が考えているとカーヴェルが一歩前に出る。
そして画材商に対し口を開いた。
「私の事は椅子や家具とでも思ってください。決してこの場で見たことも聞いたことも口外致しません」
奥様の御命令が無ければ。そう言い添える家令に男の視線が向く。
「ですが……」
「ええ、彼は私が指示しなければ余計なことは何も口にしないわ」
「はい、たとえ殺されても決して口にしません」
カーヴェルの言葉が過激すぎて内心ぎょっとするがそれを隠す。
しかしその言葉で覚悟が決まったのか画材商は肩から力を抜いた。
「貴族の方というのは、やはり私たちとは別世界の人たちなのですね……」
「そうかもしれないわね」
「ですが、これで色々納得できました。彼の言葉が嘘では無かったと信じることも……」
「彼?」
私が聞き返すと男は紅茶を酒でも呷るようにぐびりと飲んだ。
そして言葉を吐き出す。
「私たちの店がアベニウス公爵家に御贔屓にして頂いていたことは御存知でしょうか」
「ええ、今もお義母様からの注文を受けているのよね」
「はい、注文を取りに来られる時も私たちがお届けに伺うこともございます」
そう世間話のような何気ない内容を口にしながら画材商の指は震えていた。
緊張したり恐怖を覚えたりするような話題では無い筈だ。
(いえ、きっと震えているのは今から本題に入るから)
私が黙って男を見ていると、おどおどと紅茶を飲み干した後喋り始めた。
「……二年程前の事です、あの方がいらっしゃる別荘に画材をお届け致しました」
「別荘……湖の近くかしら?」
何となく尋ねてみる。彼はそうですと答えた。
その台詞に一気にこちらも緊張してくる。
湖の側に有る別荘は原作でカーヴェルが死亡した場所だからだ。
そしてケビンの弟が溺死した場所でもある。
私も画材商の男と同じように紅茶を口にした。
まるで今から怪談を聞くような心持ちだった。
「その日店の者が別荘を訪れると見慣れない使用人が対応しました。新人だったらしいです」
「新人ね……」
「普段は搬入口に荷物を置いて確認して終わりなのですが、彼は荷物が多いので運ぶのを手伝って欲しいと言って来たらしいです」
「それで、運んだの?」
私が確認すると男は首肯した。
「はい、そして別荘の使用人と手分けして大量の画材を持って別荘内を移動すると地下に案内されたのです」
「地下……?」
地下室というだけで嫌な予感がした。




