38.
「やっぱり貴方が……!」
嬉しそうにこちらを見る男性はやはりあの日画材商に商品を横取りされて項垂れていた店員だった。
(横取りされたのはエリカだけれどね)
もっと厳密に言うならエリカに引き取りを命じた異母姉のローズだ。
しかし一度顔を合わせたぐらいでここまで嬉しそうにされる理由は無い。
もしかしてあの時、無礼な対応をしても許してくれたから今度も大丈夫だと思っているのだろうか。
私の胸に警戒心が宿った。
しかしこちらが言葉で距離を置くよりも先に向こうの方が微妙な空気に気付いたようだ。
表情を引き締めて深々と謝罪してくる。
「この度はっ、私の父が無礼な真似をして誠に申し訳ございませんでした」
「まあ……お父様でしたの」
二重の意味で驚く。
店で見た二人は店主と下っ端の店員にしか見えなかった。
(まあ親子にも色々あるわよね)
エリカだって人の事は言えない。
オルソン伯爵家では下位の使用人として長年扱われてきたのだから。
「はい。ですので今後は私が父の代わりに商売を取り仕切ります」
その言葉に内心驚く。つまり彼はただの伝令役では無く新しい店主としてここにいるのだ。
驚いたのは彼の地位にだけではない。
カーヴェルが私にそれを知らせなかったことだ。
ただそれを彼の失点だとは思えなかった。
この男が私を知っている様子だったということさえ逐一報告してくる家令なのだ。
なのでカーヴェルは相手が画材商の後継だと伝えられてない可能性が高い。
「そう……わざわざご挨拶有難う。でももっと早く名乗って頂ければ宜しかったのに」
もしカーヴェルが私に知り合いかもと伝えなければこうして顔を見に来ることも無かった。
私がそう伝えると新しい店主は少し照れたような顔をして言った。
「いえ、今回はただの配達人として伺ったつもりでした」
「どうして?」
「それはその、突然押しかけた立場なのでお気遣いさせたくなかったのです」
父親の傲慢な押しの強さと彼の謙虚さを足して割れば丁度良くなるかもしれない。
「そうですか。では手紙の返事ですけれど息子たちに確認したいのでもう少し待って下さる?」
「はい、幾らでもお待ち致します!」
そう勢い良く答えると新しい画材商は表情を曇らせた。
「公爵令息様にも、そして奥方様にも何度お詫びしても足りないような非礼を父が働き本当に何と言って良いか……」
「そう言えば貴方のお父様は今どうされているの?」
「父は、その……別荘に療養に出しました」
「あら……そうなの」
「はい、何年も前から病気の影響で短絡的な発言を繰り返していて、無理にでも隠居させなかった私の責任です」
男の目は私では無く床に向けられている。なので病気が事実か言い訳かはわからない。
でも真偽なんてどうでもいい。病名を聞き出すつもりも当然無い。
私が異母姉ローズにやろうとしているのと同じことを彼はもう父に対して行ったというだけだ。
さっさと手を打てた彼を不謹慎ながら少し羨ましいと思った。
今私がこうしている間にもローズは王都で悪さをしているかもしれないのだから。
そんなことを考えたら溜息が出る。
男の肩がビクリと震えた。
もしかして私が不快がっていると誤解したのかもしれない。
そうではないと伝えようとしたが、その前に彼が顔を上げた。
何故か覚悟を決めたような目でこちらを真っ直ぐ見て来る。
「……奥様、実は伝えたいことがございます」
「あら、何かしら」
「ただ、この場ではお話しできません。ですがお伝えしなければならないことなのです」
先程まで卑屈な程謙虚だった相手とは思えない台詞に私は目を軽く見開いた。




