37.
「そうですね……」
カーヴェルは真剣な顔で思案する。
「私としてはロン様御自身にお決め頂くのが宜しいかと思いますが」
「それはそうよね……」
望んでいた答えでは無いが紛う事無き正論を言われ私は苦笑いを浮かべた。
実際一番最初に意見を聞くべき相手は当事者であるロンだ。
何故私は真っ先にカーヴェルに相談したのだろう。
内心首を傾げていると赤髪の執事は、ですがと言葉を続けた。
「私の推測になりますがロン様は恐らく奥様の意見を仰ごうとするかと」
「それもそうなのよね」
「奥様はその際の答えに迷われているのではないでしょうか?」
そう言われた瞬間目から鱗が落ちる。
確かに私が悩んでいたのは私がロンにどう回答するかについてだった。
そして私はロンに謝罪を受ける経験をさせたいと思っている。
けれど同時に自分の意見にロンが左右されて欲しくないと思っていた。
ただそれをロン本人に言えないと思い、無意識にカーヴェルを相談相手に選んだのだろう。
そして彼は私の短い質問と状況からそこまで推測して見せたという訳だ。
(やっぱり教師としての適性も高いのかもしれない……)
私は眼鏡が良く似合う家令を見つめ思う。
そして今度こそ自分の悩みを相談した。
「でしたら奥様はロン様と顔を合わせないというのは如何でしょうか?」
「つまり貴方やマーサから画材商について話をしてくれるということ?」
「奥様がお望みなら喜んで」
頼りがいのある笑顔で告げられる。
私は少し悩んで、彼に伝令役を頼んだ。
ただ自分は顔を見せない代わりに軽く手紙を書いてロンに渡して貰うよう頼む。
「きっと考えるのに時間がかかると思うから、期限は指定しない方がいいかしら」
「ロン様の場合は期限を切らないとずっと悩み続けて逆に苦しむ可能性もございます」
「そうね……なら明後日の昼までにするわ」
「ではそのようにお伝え致します」
「お願いね」
話は済んだとばかりに私は清々した気持ちになるがカーヴェルは部屋から出て行かない。
他に何か用事があるだろうか。
考えて、そう言えば画材商の使いに対し返事をしていない事に気付いた。
「そうね、伝令役には方針が決まり次第こちらから連絡すると言っておいて」
「かしこまりました……それと奥様、一つお伝えしたい事が」
少しだけ声を潜めるようにしてカーヴェルは言う。
その様子に私も気を引き締めた。
「何かしら」
「手紙を運んで来た人物ですが、どうやら奥様のお知り合いのようなのです」
「……私の?」
予想外の言葉に少し驚く。
私はカーヴェルに尋ねた。
「その自称知り合いは私とどんな関係だと説明していたのかしら」
そう質問するとカーヴェルは少し困った顔をして見せた。
「申し訳ございません、実は直接そう仰った訳では無いのです」
「……なら貴方は何を根拠に判断したの?」
「その、奥様はお元気でいらっしゃるかと案じておられていたので」
再度私の頭に疑問が浮かぶ。
まるで親戚や実家の人間のような事を訊いてくる相手に心当たりが全く無い。
ただ質問内容からして敵では無いだろう。
私は少し考えて言った。
「使いの者はまだこの屋敷に居るのよね?」
カーヴェルが是と答える。
私が返信の手紙を書いていないのだから当然だ。
「面倒そうな人物かしら?」
「いえ穏やかな振る舞いをされる方です」
「そう……なら顔を見てみたいわ。 誰か思い出すかもしれない」
そう言うと私は公爵夫人室の入り口へ近づく。
素早くカーヴェルが扉を大きく開いた。
「では奥様、こちらへ」
恐らく使いの人間は玄関に居るだろうから本来道案内は不要だ。
けれど公爵夫人としての立場的に家令に案内されて対面するという形式が必要なのだろう。
歩みを進めていくと広い玄関ホールで心細そうに立っている痩せた男が居た。
優しそうだがそれ以上に気の弱そうな顔にはどこか見覚えがある気がする。
「お待たせしてごめんなさい」
そう私が声をかけると彼は肩をビクリと跳ねさせた。
驚きを隠さないままこちらを凝視する。それなりに整った顔だがやつれている。
少し不躾だなと感じ始めた頃カーヴェルが私を隠すように男の前へ一歩出た。
「この方はアベニウス公爵夫人でございます」
「はっ、はい、ありがとうございます!」
少し固さを感じるカーヴェルの紹介に相手は何故か礼を言う。
貴族の屋敷に来るのが初めてなのだろうか。自分の経験値の少なさを棚に上げ私は画材商の使いの顔を見た。
そして恐縮して縮こまった様子にデジャヴを感じる。
気の弱そうな様子は少し前のロンに似ている。
けれどそういう意味の既視感では無い。
この画材店とエリカの繋がりを思い出し私は一つの答えに辿り着く。
「貴方……昔絵の具を受け取りに行った時の店員さん?」
私がそう告げると彼はまるで餌を貰えた犬のように顔を輝かせた。




