36.
ケビンに伯爵家に行った旨を手紙に書こうとして指先が止まる。
別にこんな事いちいち伝えなくていいのではないか。
ローズも伯爵も居ない屋敷で置いてけぼりにされた伯爵夫人に事情を説明しただけだ。
それに対して向こうから何の建設的な意見も謝罪も無かった。完全に虚無でしかない。
私がケビンからのクレームに対応しようとした事実は必要だ。
その報告として手紙を送るのも悪くはない。
ただ何となくそれをしたくない気分が強い。
(こちらの行動を見透かされたくないというか……)
ケビンに私の行動を把握されて何が困るのかは上手く説明できない。
けれど今回はそんな曖昧な感情に従ってもそこまでデメリットは無い筈だ。
私は便箋を引き出しへと仕舞った。
まるでタイミングを計っていたかのように扉が外から叩かれる。
カーヴェルの名乗りに私は扉を開けるよう告げた。
「奥様、画材店から謝罪の手紙が届きました」
「そう、早いわね」
封筒を受け取る。
中身を確認すると硬質だが読みやすい字で謝罪が書かれていた。
手紙の差出人は画材商の息子だった。
今後のトップは彼になり父親には完全に事業から手を引かせる。
その旨を従業員たちには告知済みであるという報告が書かれていた。
ただ取引相手全員への通知は難しい為、そちらについては数日の猶予が欲しいという事だった。
几帳面な事に取引先へ通達する文書の写しまで同封されている。
「良い意味で父親には似ていないようね」
私はそう呟く。
公爵夫人と公爵令息に対し商人があそこまで無礼を働いたのだから平身低頭するのは当然かもしれない。
だがそういうまともな反応など今まで数える程しかされていなかった。
オルソン伯爵家でもメイドと伯爵夫人から有り得ない待遇を受けて来たばかりだ。
だからまともな謝罪というだけで顔も知らない新店主に対し好感度が上がってしまう。
この手紙も良いタイミングで届いたものだと少し愉快な気持ちになった。
手紙を読み進めていくと私だけでなくロンやレオたちへ改めて謝罪に伺いたいと記されていた。
その際に父を同伴するかしないかはこちらの判断に任せるという事だ。
「うーん……」
私個人はもうあの傲慢で頭の悪い男の顔など見たくないし話もしたくない。
ただロンやレオはどうだろうか。
無礼に対し即糾弾していたレオと違いロンは一方的に侮辱され続けた。
そして結果としてロン側だけが画材商に謝罪したという形になる。
しかも二人がぶつかったのは商人側が怒りに興奮し前も確認せず歩いていたからだ。
そしてロンにぶつかり怒鳴った。当時の事を思い出すと怒りがじわじわと復活してくる。
個人的にはロンに対し謝罪をさせたい。
けれどロンはもう嫌な思いをさせてきた相手と会いたくないかもしれない。
(繊細で、傷つきやすい子だもの……)
どうしてもというのなら手紙という形での謝罪を求めようか。
当然ロンの目に入る前に検閲は必要だ。
しかしそれも過保護過ぎるだろうか。
私は子供慣れしているカーヴェルに意見を求めた。




