33.
オルソン伯爵が妻に情報共有しないのは今に始まった話ではない。
妻の好戦的でヒステリックな性格を彼は苦手としているのだろう。
だから夫人が大騒ぎしそうな事は事後報告という形を取る事が珍しくなかった。
結果伯爵夫人の怒りは倍増し、その余波は使用人が受ける。
そして使用人たちはそれを盛大に愚痴るものだから、何が原因の喧嘩なのかを末端の使用人まで知っていた。
元凶である伯爵はメイドたちからの評価は低い。
過去にメイドに手を付けた事も関係するだろう。
だからといって伯爵夫人が使用人たちに同情されたりする事も無い。
それも又彼女の人となりを知って入れば当然の事だった。
「ローズは王都の貴族たちが集まる社交場で、自分はアベニウス公爵に捨てられたと吹聴しているそうよ」
「なんですって?!」
「公爵が私に乗り換える為に自分との婚約を破棄したと言い触らしていると公爵本人からお叱りの手紙を頂いたわ」
私の言葉に伯爵夫人も流石に青褪める。
「そんな、誤解よ、いくらあの娘でも流石にそんな事は……」
「しないと思えるの? 随分娘を信用しているのね」
私の皮肉に気づいたのか伯爵夫人はこちらを睨みつける。
しかし流石に分が悪いと思ったのか悔し気に目を逸らした。
「この屋敷にリタというメイドがいるわね、彼女を公爵家に差し向けたのもローズの仕業でしょう」
「リタ?」
「公爵家で雇えと押しかけて来て追い返したけれど、彼女はまだここで働いているの?」
私がそういうと伯爵夫人はローズが連れて行ったわとだけ答えた。
「つまりローズとリタの二人が王都にいるって事? 最悪の組み合わせね」
何故ローズが役立たずのメイドを王都にまで連れて行ったかわからない。
ローズは自分の役に立たない人間が嫌いだ。要領の悪いリタを気に入っている筈も無かった。
(捨て駒や身代わりにでも使うつもりなのかしら)
だとしたらローズは不味い事をしているという自覚はあるという話になる。
けれどメイド一人を盾に逃げ切り自分だけはお咎めなしになると考えているなら随分と浅はかな話だった。
「その件については既にオルソン伯爵に連絡し謝罪を受けたわ」
「あの人がお前ごときに謝罪を?!」
「ごとき、ね……確かにこの家では使用人以下の地位だったけれど今の私はアベニウス公爵夫人よ」
本当に夢みたいな話よね。私はにっこりと笑う。
伯爵夫人は憤死しそうな顔でそんな私を見た。
「もしローズお姉さまが前日になって結婚を嫌がらなければ、私は今でもこの家で床を拭かされていたでしょうね」
「そう思うなら、ローズについてお前が公爵に取り成しなさい!」
私の言葉に伯爵夫人が意味不明な事を言ってくる。私は素直に疑問を口にした。
「何故私がそんな事をしなければいけないの?」
「何故って、本来公爵夫人にはお前ではなくローズがなる筈だったのよ!」
恥ずかしげもなく伯爵夫人が言う。
どうしてローズが公爵夫人にならなかったのかについて彼女の記憶からはすっぽりと抜けているようだ。
「成程ね、伯爵が貴方に何も伝えなかった筈だわ。だってお話にならないもの」
流石親子というべきか。伯爵夫人とローズはよく似た思考をしているようだ。
今でもローズがアベニウス公爵夫人になるべきで、私がアベニウス公爵夫人の座を横から掠め取ったと認識しているらしい。
本来その地位はローズの物だったと。
ローズは更にそういった思考を拗らせた結果、婚約破棄されたという存在しない記憶が生まれたのかもしれない。
「きっと貴方は娘は悪くないと騒ぐだけ。だから伯爵の妻としてもローズの母親としても役に立たないと判断されたんだわ」
そして私もそんな彼女に用は無い。
もう少しまともな会話が出来るなら提案したい事もあったが伯爵夫人がこの有様ではヒステリーを起こすだけだろう。
「ああそうそう、オルソン伯爵が戻り次第私に連絡するように伝えてくださいな」
せめてそれぐらいは役立たずの奥様でも出来ますよね。
冷たく言い捨てて私は伯爵夫人に背を向けた。




