28.
馬車はオルソン伯爵家の表通りに停めさせた。
腐っても実家なので馬車止めの場所は知っているが無視する。
この方が周囲に何かがあったとわかりやすいからだ。
そして長居しない理由にもなる。
しかし伯爵家の敷地前に馬車を停めても誰も近寄っては来ない。
門番は明らかに面倒そうな目でこちらを見ているだけだった。
そしてその門番は実家暮らし時代に見慣れた顔ではない。
(解雇されたか、それとも自分から辞めたのかしら)
そんなことを考えながらレインに介助され馬車から降りる。
彼女やカーヴェルたちを引き連れて少し歩くとすぐ正門に着いた。
「ローズ伯爵令嬢に用が有るわ、門を開けなさい」
「……どうぞ」
すんなりと門番は私たちを通す。
こういう部分は人が替わっても同じなのかと私は内心呆れた。
屋敷までの道を歩きながらレインは私に耳打ちをした。
「以前とは別人という話だったけれど、あの門番はすぐ君だとわかったみたいだね」
「いいえ、彼とは初対面だわ」
そう答えると不思議そうな顔をされる。
私は苦笑いで返した。
「姉に来た客人を追い払うと叱られるのだと思います、昔からこの家はそうでしたから」
異母姉ローズは『友人』が多かった。
けれどその多くはアポイントメントを取って会いに来るということはしない。
しかしだからと言って門前払いを食らわせたり、確認するから待って欲しいという対応をすると友人からローズに苦情が来る。
そしてローズから門番が叱責される為、いつからか門番は門を開ける係でしか無くなってしまったのだ。
私がそう小声で説明するとレインは呆れたような顔をした。
「じゃあもし彼女がアベニウス公爵家に嫁いだらあの家も同じようになったかもしれないってこと?」
「誰も止めなければそうなりますね」
そしてケビンは屋敷に無関心で家令のホルガーは自己判断能力に欠ける。
私が浮かべた状況にレインも気づいたのか深く溜息を吐いた。
「……公爵家に来てくれたのがエリカ嬢で良かったと、私は何回思う事になるのだろうね」
彼女がそう言い終わる頃には玄関の扉が見えていた。アベニウス公爵家程大きな屋敷ではない。
それに加えて庭の手入れを明らかに怠っている。正門から屋敷までの短い距離でさえ雑草が目立っていた。
伯爵夫人も異母姉も見栄っ張りだから他人から見えるところには気を使っていた筈なのに。
「奥様、私が」
「お願い」
カーヴェルが前に進むとノッカーで扉を叩く。
暫く待っているとゆっくりと扉が開いた。
怪訝そうな顔をした男が無言で私たちを見て来る。
その白髪交じりの眉毛と皺が目立つ顔には見覚えがある。オルソン伯爵家の家令だ。
名前は忘れてしまったが間違いない。
私はカーヴェルを下がらせると伯爵家の家令に向かい口を開いた。
「オルソン伯爵夫妻とその娘に会いに来たわ」
「貴方様は……?」
別に仮面を着けている訳でも無いのに彼は私の正体に気付かないらしい。
確かにろくな会話をした覚えも無いが流石に笑ってしまった。
異母姉の代わりに嫁ぐことが決まった時にお下がりとはいえちゃんと着飾った私の姿を見ていた筈なのに。
でもこの家の人間にとってエリカとはその程度の存在だったのだ。
「私はエリカ・アベニウスよ」
「エリカ……?」
「おや、使用人がアベニウス公爵夫人を呼び捨てとはオルソン伯爵家は随分と人材不足の様だ」
家名すら知らない平民を雇っているのかな。
レインが冷たい笑みを浮かべて言う。それは驚くほどケビンに似ていた。
「も、申し訳ございません、お入りくださいませ!!」
瞬間、夢から覚めたようにオルソン伯爵家の家令は慌てて頭を下げた。
私にではなくレインにだが。
(私の顔は忘れていてもケビンの顔は覚えていたのね)
若干複雑な気持ちになりながら私は実家に足を踏み入れた。




