11.
「恐れ入りますが確認させて頂きたいことがございます」
「……何だ」
今までレオを睨んでいたケビンの瞳が私に向けられる。
本当に目つきが悪いなと思いながら私は言葉を続けた。
「まずレオ様が何故私にそこまで嫌がらせするかが知りたいのです」
そう言って少年に視線を向ける。
レオは半泣きだった表情に怒りを浮かべて叫んだ。
「お前を母様と呼びたくないからだよ!それぐらいわかれよ!」
「……ほう、養われている分際で俺の決めたことに不満だと言うのか?」
「ひっ、で、でも……父様」
ああこんな男の支配下に置かれたら子供だって弱い者虐めするわ。
私はケビンの威圧的な言動にうんざりする。
親子だけあってケビンとレオはそっくりだ。違うのは年齢差と表情ぐらい。
そして思考も多分似ている。
見下している相手に対して何をしたり言っても構わないと思っている。
レオはケビンを恐れているが嫌っている様子は今のところ見えない。
こんな父親を参考にし、長男は王様だというマーベラ夫人の歪んだ教育を受けて育った子供が公爵位を手にしたら魔王にもなるだろう。
「止めてください公爵様、私はレオ様の主張自体は当然のことだと思います」
「えっ」
私がそう発言するとレオが驚いた顔をした。
彼の目線に合わせ話しかける。
「ええ、父親の後妻を……しかも挨拶すらしたことのない相手を母親だと即認めるなんて、大人でも難しいことです」
前世の私は夫に早々に先立たれた後子供三人を育て上げた。
その人生の中で仕事先や知人から子供には父親も必要だと再婚を勧められたことも何度かある。
子供たちにそれとなく確認したが、父の顔すら知らない一番下の子以外は再婚に反対だった。
私に結婚したい相手が出来たなら受け入れる覚悟はするけれど、そうでなければ嫌だと。
ロンが私に隔意無く接してくれるのは、母との思い出が無いのも理由の一つかもしれない。
再婚後に苦労している友人の話を聞くこともあった。
数年間付き合い子供とも仲の良い男性と結婚したが、それでも子供たちが素直に父親と呼ぶまで時間がかかったと。
母親の夫としては認めても自分の父親として認めるのは難しいという話だった。
「レオ様の中の母君はリリー様だけでしょうし、私もレオ様に母扱いされたいとは思っていません」
「……つまり公爵夫人としての責務の一つを放棄するということか?」
後ろから地を這うような声がした。振り向かなくてもわかる。
「レオ様たちの母親役なら致します、二人が私を母と認めなくても」
立ち上がり振り向くと告げた。
しかし母親役と言っても、高位貴族の子供の場合は母親が直接育児に携わることなんてほぼ無い筈だ。
食事や身の回りの世話や教育に至るまで全部使用人が行う。
だからこそレオはマーベラ夫人など近くにいる者の影響も受けやすかったのだろう。
(……なら貴族の母親の仕事って何?)
そもそも公爵夫人の仕事とは具体的に何なのか。
原作のエリカはお茶会やってお菓子作りやってパーティーやって子供と遊んでケビンとイチャイチャしていたけれど。
でもエリカの最大の特徴は伯爵令嬢なのに全く貴族らしくないところだ。参考にならない。
私自身の中にあるエリカの記憶を総動員する。
産みの母は元メイドで貴族ではない。
継母も実子のローズと二人でドレスや宝石や菓子で散財し私を虐めて高笑いしてる姿しか浮かばない。
仕事らしい仕事をしている姿なんて使用人として働いていた時も見たことが無い。
あと継母は育児失敗していると思う。真似しては駄目だ。
「しかし私は公爵夫人としての責務を卒なくこなす為の知識が足りません。学ぶ時間を下さい」
「何故知らない? 男と遊ぶのに忙しくて学んでいないのか?」
嘲るように言われる。
侮辱されたことより子供の前でそんな下世話な発言をされて苛立った。
私はレオの耳を両手で塞ぐとケビンを睨みつけた。
「……そのような言動を子供の前でなさらないでください。教育に悪いので」
「早速母親役気取りか」
皮肉気な笑みを浮かべるとケビンは私の顎を掴む。
固定するように強さに嫌な予感がした。
後ろに下がろうとした瞬間、それを許さないという勢いで唇に熱が触れる。
それがケビンの唇だと気付いた瞬間、突き飛ばした。
「……っ、信じられない!」
本当に信じられない。頭がおかしい。
子供の前で何てことをするのだ。レオがトラウマになったらどうする。
私が驚きと嫌悪を遠慮無く吐き捨てるとケビンは自らの唇を拭った。
その手の甲に血の筋がつく。
「信じられないのはこちらの方だ、夫に噛みつく妻がいるとはな」
俺は狂犬を娶ってしまったようだ。
そう笑う彼の方が私には狂って見えた。