10.
「なんで俺じゃなく父様の部屋に行くんだよ!」
レオは怒りと混乱でトマトのようになった顔で私に抗議した。
「貴方の保護者はケビン様なので」
「父様に言いつけるとか卑怯だぞ!」
「何とでも仰ってください、痛くも痒くもないです」
「お前っ、お前っ……生意気なんだよっ!」
その後、爆発を何度か繰り返しつつレオは廊下で自分の悪事を次々と話した。
どうやらレオはおやつを横取りすれば私が怒ってすぐ自分の部屋に乗り込んでくると思ったらしい。
私の事が自分と同世代の子供に見えているのだろうか。
なのに全然自分の部屋に姿を現さないから業を煮やして自分から出向いた。
でも留守だったのでそのまま屋敷を探し始めたらしかった。
「腹減って死にそうな筈なのに何で取り返しに来ないんだ!」
ぶんぶんと腕を乱暴に振りながら言うレオの言葉に、私は気になる点を見つける。
「何故私がそこまで空腹だと知っているのですか?」
「は?だって朝食パンとスープだけだったろ」
「知りたいのは私が空腹な理由じゃなくて、なぜそれを貴方が知っているかなんですけど?」
私が腕組みをしながら言うとレオは胸を張って告げた。
「俺がお前付きのメイドに命じたからな、罠を張るには下準備が必要なんだよ」
お前は女だから理解出来ないだろうけどな。
わざわざ余計な一言を付け加えてレオは自信満々に胸を張る。
「成程……」
納得したような私の頷きに更にレオは得意げになった。感嘆と納得の区別がついていないのだろう。
つまり最初からグルだったのだ。
レオの命令でパンとスープだけの朝食が私の部屋に運ばれる。
それで量が足りないと私が怒り出す。そこでメイドがレオの仕業だと言う。
私が怒ってレオの部屋に乗り込んだら彼の言う狩りが開始という事か。
朝食で怒らなければ次の食事の量も減らすつもりだったのだろうか。
メイドがデザートを提案してきたのも今となっては疑わしい。デザートをレオに強奪されましたとでも言うつもりだったのか。
ただ頭の軽い娘だと思っていたが、正体はレオの手先だったようだ。
彼女がスパイだと気付かなかったことが少し悔しかった。
そうだとしたらケビンの部屋に入りたがらなかった理由もわかる。
どの道その場から逃げ出したところで末路は変わらないけれど。
「じゃあ私付きのメイドは解雇になるでしょうね、貴方のせいで無職になるとか可哀想に」
淡々と告げる。レオは驚いた顔をした。
「は?何でだよ?」
「何でって……貴方に私へ嫌がらせしろと命じられたのに当主に報告せず協力したからですよ」
レオに対し正義感で説教しろとまで思わない。
悪女だと思い込んでいる私に対し事情を話したり親切にすることも求めていない。
ただ、メイドの雇い主はレオでなくケビンだ。
公爵令息が公爵の新妻に大がかりな嫌がらせを仕掛ける。それを公爵に報告せず協力するのは駄目だろう。
「その通りだ、俺が命じてないことをした使用人は屋敷から出て行ってもらう」
低く威圧感のある声が頭の後ろから聞こえる。
「公爵様……」
「と、父様……」
扉が開く音がする。そちらに視線を向けると不機嫌さを隠さないケビンの姿が有った。
旅装を解いているので今日城下に向かう予定はキャンセルしたようだ。
「お前は勘違いしているようだな」
青い目がギロリと息子を睨んだ。先程までの勝ち気な様子は嘘のようにレオは怯える。
ケビンはいつ見ても機嫌の悪そうな顔をしている。この男が笑顔を浮かべることなどあるのだろか。
漫画内ではあった。ケビンの過去話と彼がエリカへ恋心を抱き始めた後なら。
ただそれが目の前の人物に結びつかないだけで。
「いつから俺が雇った使用人を自分の駒と勘違いしていた?」
「そ、それは……軽いいたずらのつもりで、」
「良いから答えろ、公爵家の使用人を金を払って雇っているのは誰だ。貴様か?」
「と、父様です」
涙目を通り越して号泣寸前のレオにケビンは容赦なく圧をかけていく。
私は二人のやり取りを嫌な気分で見ていた。
レオは叱る必要がある。しかしこの叱り方が正しいとは思えない。
嫌がらせをすること自体が駄目だと全く説明していないからだ。
(ケビンの言い分をレオが鵜呑みにして成長したら不味いことになる)
レオは次期公爵。公爵位を継げば屋敷の使用人は全て彼が雇ったことになる。
ケビンの叱り方だと、レオは自分が公爵になったら使用人を使って好き放題しても良いと勘違いする可能性がある。
(作者が昔エリカに会わないまま成長したレオのイラストを描いてたけれど……)
ケビン似の美形だったが、どう見ても悪役に成長したレオのイラストを思い出す。
彼は父以上の暴君となり領地で魔王のように恐れられていますという注釈がついていた。
エリカに救われた面を強調したくて話を盛ったのだろうが、ここに漫画内の心優しいエリカは居ないのだ。
このまま成長したらレオは魔王レベルの暴君公爵になる。
今こうやって父親に詰められる原因になった私にも復讐の刃を向けてくるだろう。
その頃私が公爵家にいなくても追手を差し向けてきそうだ。
(……それはちょっと阻止したいわね)
私は良く似た顔をした父と息子の間に割って入った。