第6話 影の警告
製粉所から戻った夜、由紀は眠れずにいた。
布団の中で目を閉じても、あの粉に塗れた腕と、影鎖の男の声が耳に残る。
──二日。
ただでさえ短かった猶予が、さらに削られた。
階下に降りると、仁が帳簿を広げて何やら書き込んでいた。
机の横には、町の簡単な地図が広げられている。
赤い墨で印が三つ。川上、橋、そして製粉所。
それらはまるで、町を囲むように位置していた。
「……囲んでるな」
由紀の呟きに、仁は頷いた。
「門は、町を締め上げるように開いている。四つ目が開けば、中心に圧がかかる」
「中心って……籠月町の真ん中ってことか?」
「そうだ。そこに大きな門が開けば、町は……」
言葉の続きを仁は口にしなかった。
窓を叩く音がした。
外を見ると、影鎖の男が立っていた。
戸を開けると、夜の冷気と共に彼が中へ入る。
その鎖は、いつもより深く黒光りしていた。
「神谷由紀。お前に警告する」
由紀は眉をひそめた。「名前……知ってたのか」
「知る必要があった。お前の鎖は、まだ半分眠っている」
「眠ってる?」
「今のままでは、大門には耐えられない。……起こすには代償がいる」
仁が机の上で手を止めた。
「代償……それは命か、時間か」
「どちらもだ」
影鎖の男は淡々と答える。「大門が開けば、時間を削るだけでは済まない。お前自身の“核”が喰われる」
由紀は息を呑んだ。
核──魂とも呼ばれるもの。失えば、生きていても人としての輪郭が曖昧になると聞く。
それは命よりも深い損失だ。
「……俺は、それでも起こさなきゃいけないのか」
「選べ。だが、決めるのは早い方がいい」
そう言って影鎖の男は背を向け、去ろうとした。
去り際、由紀にだけ小声で告げる。
「次は……お前の家の近くで開く」
戸が閉まる音が、やけに重く響いた。
仁は黙って鎖を見つめ、由紀は拳を握った。
──二日後、自分の家の近く。
それは、この町で一番守らなければならない場所だった。