第14話 山腹の眠り
翌朝、山の麓は深い霧に包まれていた。
昨夜の廃坑封印から一晩、由紀は鎖を抱いたまま浅い眠りを繰り返していた。
夢の中では何度も、あの女の声が響く──
「返せ」
そのたび胸の穴が熱を帯び、目が覚める。
仁は早くから起きて支度を整えていた。
影鎖は外套を羽織り、廃坑から持ち帰った赤い核の封印を確認している。
「山の下の脈は、封じられた核の反応で目を覚ましかけている」
「場所は?」由紀が問うと、影鎖は山腹の方向を指さした。
「旧鉱山神社跡。地図にも記録はない。……だが、脈はそこに通じる」
三人は山道を登った。
昨日の廃坑とは違い、道は細く、両側から竹と雑木が覆い被さってくる。
湿った土の匂いと、どこかで水が落ちる音が続く。
途中、小さな沢を渡ると、風の中に鉄と香木の混ざった匂いが漂った。
由紀は鎖の節に指をかけ、その感触で方向を確かめる。
節がわずかに震えていた。
やがて、苔むした石段が現れた。
段の途中には倒れた石灯籠、崩れた狛犬。
上には小さな平地があり、その中央に柱だけが残った社殿跡が立っている。
地面には無数の亀裂が走り、そこから赤い光が滲み出ていた。
「ここだ」仁が低く言った。
影鎖は外套の内から古い札を取り出し、赤い光の亀裂に一枚ずつ貼っていく。
だが、貼るそばから札は黒く焦げ、灰となって消える。
「表層が強すぎる。直接、脈を断つしかない」
由紀が跪き、亀裂に鎖の節を差し込む。
瞬間、視界が赤一色に染まり、足元が消えた。
次の瞬間、彼女は見知らぬ空間に立っていた。
足元は水鏡のように平らで、空は濃い赤。
遠くには、昨夜と同じ白衣の影が立っている。
影は動かず、ただこちらを見ていた。
「返せ」
声が頭の中で響く。
由紀は答えず、一歩踏み出した。
胸の穴が広がり、そこから赤い光が漏れる。
影も同じ光を胸に抱えていた。
互いの光が揺れ、重なろうとした瞬間──
仁の声が遠くから届く。「戻れ、由紀!」
鎖が強く引かれ、由紀の体が赤い空間から弾き出された。
目を開けると、そこは再び社殿跡。
亀裂からは煙のような赤い靄が上がり、それが山腹全体に広がっていく。
影鎖が呟いた。「……間に合わなかった。目覚めるぞ」
地面が震え、山肌が裂けた。
巨大な岩塊が崩れ、中から黒い影の柱が伸び上がる。
柱は空を突き破り、赤い脈の光を脈動させていた。
仁が鎖を握り直す。「これが……種か」
山は低く唸り、森がざわめく。
由紀の耳には、女の声と山の鼓動が重なって聞こえていた。
「返せ……わたしの……」