表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

第13話 廃坑口の風

 山道は、町の裏手から緩やかに登っていく。

 秋の陽はまだ高いが、木々の影は長く、踏みしめる土はしっとりと湿っていた。

 由紀ゆきは肩にくさりを掛け、背袋に水と灯油ランプ、そしてミカゲから受け取った古い鉱山図を収めている。


 先頭はじん、その後ろに由紀、殿を影鎖えいさが務める。

 道の脇には古い鉄柵が続き、錆びた鋲が土に半ば埋もれていた。

「鉱山は戦前に閉じられ、そのまま放置された」と仁が言う。

「掘り残しの脈はどうなるのですか」由紀が尋ねると、仁は短く答えた。

「呼吸を続ける。……赤い脈も同じだ」


 廃坑口は、山肌にぽっかりと開いた穴だった。

 周囲の岩は灰色で、入口の上には黒く煤けた木枠が残っている。

 そこから吹き出す風は、金属と湿った布の匂いを運んできた。

 由紀は息を浅くし、鎖を肩から少し下ろして節を握った。

 節の表面が冷たく、微かに脈打っている。


 坑口の脇に古びた事務小屋があった。

 影鎖が扉を押すと、錆びた蝶番が音を立てた。

 中は暗く、机や棚が埃をかぶっている。

 壁には古い掲示板があり、紙が何枚か残っていた。

 その一枚に、赤鉛筆で大きく×印が描かれている坑道図が貼られていた。

「ここが……脈の上」仁が呟く。

 由紀はその印と、ミカゲから受け取った地図の赤い線が重なるのを確認した。


 小屋を出て坑口に立つと、風が強くなった。

 耳の奥で、低い唸りのような音がする。

 それは風の音とも違い、何かが深くで軋む音だった。

「入る。逃げ道は三本」仁が短く告げる。

「坑道入り口からの直線、東側の支道、それと……」由紀は岩壁に開いた細い裂け目を指した。「あれを通れば裏手の崖に出られます」

「了解だ」と影鎖が答える。


 坑内は、最初の十歩ほどが急な下りだった。

 足元の枕木は腐り、石の間に水が溜まっている。

 灯油ランプの炎が揺れ、壁の水滴が赤く反射する。

 奥に進むほど、赤い反射は濃くなった。

 やがて、壁の一部に筋のようなものが現れる。

 それは鉱石ではなく、まるで血管のように脈打っていた。


 由紀が近づくと、節が共鳴するように鼓動を返す。

「これが……赤い脈」

 指先で触れると、冷たさと熱さが同時に走った。

 胸の穴が微かに疼き、視界の端に何かが揺れる。

 白い衣をまとった影だ。顔はなく、髪が水中のように漂っている。


 影はゆっくりと坑道の奥へ引いていく。

 由紀たちはその後を追った。

 足元の水が深くなり、膝まで浸かる。

 天井が低くなり、鎖が岩に擦れる音が響く。

 奥に、古びた祭壇のような場所があった。

 石で組まれた台の中央に、赤い鉱石が突き出している。

 それは脈の核に見えた。


 影が鉱石に手をかけた瞬間、坑道全体が低く唸った。

 赤い筋が壁じゅうに走り、光を放つ。

 由紀は節を核にかけ、力を込めた。

 熱が手のひらを焼き、胸の穴が大きく開く感覚が襲う。

 その中に、知らない声が響いた──

 「返せ」

 女の声だった。怒りとも悲しみともつかない響き。


 仁が背後から支える。「離すな!」

 影鎖が別の鎖を取り出し、核の周囲に巻きつける。

 三つの節が同時に光り、坑道の唸りが高まった。

 やがて赤い光が鉱石から引き抜かれ、鎖の中へ吸い込まれていく。

 影は鉱石から手を離し、後ずさった。

 その体が霧のように薄れ、坑道の奥の闇に溶けていった。


 光が消え、坑道に静寂が戻る。

 由紀の胸の穴はまだ疼くが、そこに冷たい風が通っていく。

 それは外の匂いを運んでいた。


 坑口に戻ると、空は夕焼けに染まっていた。

 仁が短く言う。「核を封じた。だが、これはまだ序章だ」

 影鎖も頷いた。「山の下に、もうひとつ大きな脈が眠っている。……種はそこだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ