何も知らない
「死にたい」
それが君の口癖だった。
「生きるのが辛い。もう消えてしまいたい」
幼い頃からずっと言い続けていた。
だから、君の友達である僕はその言葉を受け止め続けた。
「こんなこと聞きたくないよね」
そうだよ。
そんな話、僕は聞きたくないよ。
だからもうやめてよ。
「でも、止まらないんだ。本当に」
知っているよ。
だから、止めなくていいよ。
それが間違いなく君自身なんだから。
「少しだけ気がまぎれる」
そう言って君は芸術の道に進んだ。
僕は少しだけほっとした。
「気がまぎれるよ。少しだけ」
君は言葉を変えて同じ事を何度も僕へ言った。
辛くて仕方ないくせに、何も変わっていないくせに。
僕を安心させようとして。
「馬鹿みたいだよね。こんなのばっかり」
君はそう言った。
そう言い続けた。
だって、君の作品は全て。
死に立ち向かい生きることを描く作品ばかり。
ねえ。
僕は知っているよ。
君の描いた作品。
全部、僕のために描いてくれた作品だって。
君なりの僕への謝罪と感謝だって。
よく分かっているよ。
それにちゃんと伝わっていたよ。
君が僕へ伝えたかったこと。
君は多くの作品を遺した。
僕よりずっと早くに亡くなった。
事故でも病気でもなく、自分の手で。
「本当は生きていたかったんです。この人は」
評論家たちがそう言って君を語った。
知りもしないのに偉そうに語った。
君の作品は今、多くの人を勇気づけている。
滑稽にも涙を流す人もいる。
「ずっと、立ち向かっていたんだ」
皆、そう思っている。
そう理解している。
もしかしたら、君に寄り添っているのかもしれない。
多くの人がやってくる君の墓の前。
他者から見たらファンの一人にしか見えないだろう僕は今年も花を捧ぐ。
君の作品でも傑作と謳われるものに美しい花が描かれているから。
「この人はこの花をずっと愛していた。だからこんなにも綺麗な絵を描くんだ」
違うよ。
これは僕が君に贈った数ある花の一つ。
君が気にも留めなかったものの一つ。
『この花を描いてみてよ』
君が芸術を始めた切っ掛けとなったものだけど。
君は一番最初の作品も僕が贈った花も何一つ興味がなかった。
「遠いな」
僕と君を突き放す距離。
半ば観光地と化したような君の墓の前で僕は今年も呟いた。
「仕方ないですよ。誰だってもっと近くでみたいんです」
知りもしない人が僕へ言った。
まるで我慢しなさいと言うように。
「しかし、彼の作品は皆のもの。同時に彼の人生も立ち向かった姿も皆のものなんです」
僕は答えずに踵を返す。
いずれ、再会出来ることをこの時の僕は願った。
「遠いな」
再び呟く。
実際に遠かった。
再会出来る事をずっと期待し続けた。
本当に再会できるかも分からないままに。
それから随分と経って僕は君とようやく再会した。
僕の歩み続けた五十年の時間も。
僕と君を突き放した生と死の距離も。
「遠かったよ」
ようやく再会した君は自らの行いを恥じて視線を落とすばかりだった。