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一話 光
教室の片隅で、読書をしていた。もうすぐ誰もいなくなる夕方の校舎。チャイムはとうに鳴り終わり、廊下には誰の足音も響かない。
窓の外には灰色の空。雲の間を縫って、一筋の光が差している。その光が、私の机の上に落ちる。ちょうど、本の上に。
《午後五時半をまわりました。本日はこれから雷雨の可能性があるため──》
校内放送が鳴る。窓の外に見えるグラウンドの生徒は部活をやめて帰る用意を始めた。
私はゆっくりと本を閉じ、机の引き出しから、一通の手紙を取り出す。
「……綺麗だね」
誰に向けたでもない言葉が、口から漏れた。まるで誰かの声を真似るように。
──あの夏、あの花火の夜。
空に咲いた火の花の下で、私たちは何かを交わしていた気がする。
けれどもう思い出せない。
残っているのは、白い風鈴の音と、誰かとの笑い声だけだ。
私はそっと、本に手紙を挟み込んだ。
次にこの本を開く誰かに、届きますように。
机に肘をつくと、小さな風が舞った。
──カラン。
風鈴が、音を立てた。
それは、遠い夏の続きの始まりだったかもしれない。