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転 契約成立!

「うわ! あいつの机に触っちまった!」

「げえ! きったねえ! 菌がうつる!」

「そういうのやめなよ、かわいそうじゃん」

「だって気持ち悪いし。視界に入るのも不快だし、学校来なきゃいいのに」


 ニヤニヤした気持ちの悪い笑みや、ひそひそと交わされる会話。

 全部寿璃恵の耳に届いていた。多分聞こえるように言っていたのだと思う。

 何もしなかった。何も言わなかった。ただ寿璃恵はそこにいただけだ。


 別に誰かを害したい気持ちなんてない。

 だから、わざわざ関わってこなければいいのに。わざわざ悪意をぶつけてその存在を否定するってことは寿璃恵が存在していることを認めているからだ。

 認めなければいいのに、存在がないものだとすればいいのに。


 消えてしまいたい。

 不意にそう思った。

 消えてしまえば誰も不快に思わせない。寿璃恵だって傷つきたくなんかない。


 このまま消えてしまいたい。

 せめてこの場にいることを許してもらいと思っていたが、許してくれないのならいっそのこと――

 


 

「――ジュリエ?」


 自分の顔を覗き込んでいる左右で色の違う両目に驚き、寿璃恵は跳ね起きた。

 

「寝てたにゃん?」

「……うにゃ……さん……」

「うにゃでいいにゃん。うにゃはジュリエの相棒だにゃん。一緒に妖魔を倒すにゃん」


 うにゃは陽気な声音でそう言って寿璃恵が座っているベンチから飛び降りた。

 ベンチ、と寿璃恵は自分が置かれた状況を思い返しながら辺りを見回した。

 パート先近くにある公園だ。店長を不思議な力でぶっ飛ばした後逃げるようにここにやってきて、ベンチに腰掛けたのだった。

 どうやら転寝をしてしまったようだ。それでもまだ空は暗い。朝にはなっていない。

 

(消えることができなかった)


 消えたかったのに、その方法がわからずあれから10年以上の時が流れても寿璃恵は寿璃恵として存在してしまっている。

 死と消滅は違う。ただ死んだだけでは遺体と言う形で残ってしまう。存在も何もかも完全に消すにはどうしたらいいのだろう。

 

「……や、やっぱりアルカリ溶液か溶鉱炉の中に飛び込むしか……」

「な、何の話だにゃん! うにゃは今ジュリエにいなくなられたら困るにゃん!」

「……困る……?」

「ジュリエはすばらしい魔法の使い手にゃん。妖魔を倒すにはジュリエの力が必要にゃん」


 『必要』だなんて、未だかつて言われたことがなかった。

 いついなくなっても、むしろ消えてほしいと自分自身が思っていたのに。


「……ま、ほうって、さっき、の?」

「そうにゃん! 魔法とは人の強い心の力を具現化したものにゃん! うにゃたち妖精は人間の心の強さを研究して、魔法に適した人の心と感情を突き止めたにゃん」

「つ、つよい、心……」


 そんなの自分には当てはまらない、と寿璃恵は否定しようとして言葉に詰まった。

 せっかく必要とされているのに、間違いだったことがうにゃが知ってしまったらどうなってしまうのだろう。

 不快感をあらわに去っていくのだろうか。


「ジュリエは、うにゃが知っている中でも一番否定感情が強い人間にゃん! 俗にいうモテない女性、略して『喪女』が持つ強大なエネルギーにゃん!」

「も……おんな……?」

「そうにゃん! ジュリエは感情が誰よりも強いにゃん。自分を否定することは誰にも負けてないにゃん」

「自分……を、否定?」

「だからその否定する力を外に出せばさっきみたいな強大な魔法になって妖魔を打ち倒すことができるんだにゃん!」


 とても信じられる話ではない。でもさっき確かにとてつもない強い力で店長をぶっ飛ばしてきたから事実そういうことなのだ。


「前の魔法使いもそれはそれは強い力を持っていたんだにゃん。俗にいう『喪男』という人間で、周囲の物を恨む力が誰よりも強くて妖魔もリア充も見境なくキルし続けてくれたんだけど――」

「……前任者、いた、の……? その人は……どうしたの?」

羽牟列斗(ハムレット)くん、ものすごく優秀だったにゃん。でも恨みが強すぎて反動が来て……今は人格崩壊してしまったにゃん」

 

 人格崩壊! 恐ろしい響きに思わず寿璃恵は身を竦ませた。

 魔法喪女って人格崩壊と隣り合わせの危険な役割なんて――いや、あれだけ強い力を使うのだ。当然リスクは大きいに違いない。

 それに、寿璃恵は失うものなんて何もない。怖がる必要はないと自分に言い聞かせ寿璃恵はこちらを見上げるうにゃをじっと見下ろした。


「ハムくん、優秀だったけど妖魔以外にも容赦なかったから評判も悪かったにゃん。妖精界からのバッシングで炎上してしまった結果、悲しい結果になってしまったにゃん」

「……」

「男性は攻撃性が高すぎるにゃん。繊細な女性の方が妖魔だけを攻撃してくれるかもしれないという希望を込めて今度は『喪男』じゃなくて『喪女』にこの役目を託すことにしたにゃん! ……ジュリエ、やってくれるにゃん?」

「……」


 断る勇気もなかったが、引き受けるにも勇気が必要だ。

 寿璃恵はごくりと唾を飲み込んだ。

 できない、と言って拒否することはできない。強大な魔法を使えるのはさきほど実際にやってしまったのだから。

 でもやれると強く肯定することもできない。だって今まで何もできないまま生きてきているから。


「それに人間界の妖魔が全部消えたらちゃんとお礼もするにゃん!」

「え……?」

「ジュリエの望みを何でも一つだけ叶えるにゃん! 頑張ってくれた対価はちゃんと払うにゃん! 妖精界はホワイトだにゃん!」


 望みを何でも一つだけ叶える……? 寿璃恵にはとても魅力的な響きに思えた。

 今まで叶った願いなんて何一つありはしない。それが、叶う日がくる、と?


「どうかにゃ?」

「や、……やり、ます! 私、魔法、喪女、やります!」

「本当にゃん!?」


 うにゃはぴょんと飛び上がった。


「ちなみに、ジュリエはどんなことを叶えて欲しいんだにゃん?」

「お、……お金、お金が欲しいんです。いくらでも……いいから」


 うにゃに問われて寿璃恵は悩むことなくさらっと答えた。

 そう、叶えてくれるというのならば、今まで手に入れたことがないような大金を手にしたい。


「なるほどにゃん。お金は生きていくうえでいくらあっても困らないからにゃん。当然だにゃん。ちょっと夢がないと思うけどにゃん」

「お、お金、貰って、私、せ、整形する!!」


 …………。


 寿璃恵の言葉を聞いて、うにゃは固まった。

 しばらく固まったまま動けないようでいたが、ややあってようやくぎこちなく口を開いた。


「え? 整形、にゃん!」

「ひ、人に不快感を、与える姿、だから、存在すら許されなかった。ふ、普通の、人に、なりたい。整形して」

「……」

「普通の人間になりたいのっ!」

「……新たな妖怪人間なのかにゃん! ――にゃ、願いごとで普通の人間にしてもらえばそれでいいんじゃないのかにゃん……?」


 ああ、やはり普通の人間になることすら許されないのだろうか、と寿璃恵は絶望しかけたが、その寿璃恵の考えを読んだのかうにゃが思いきり首を横に振って否定してくれた。


「うにゃはいいと思うにゃん! 早く妖魔を皆殺しして整形できるといいにゃん! 寿璃恵のなりたい自分を想像しながら頑張るんだにゃん!」

「……うん、ありがとう……、がんばる……」

「うん、ジュリエがいいなら、うにゃはどーでもいいにゃん」


 そうやって、寿璃恵は妖精をパートナーに魔法喪女をやることになってしまったのである。



 * * *

 


「けど、まずは住むところだにゃん。衣食住は大事だにゃん」

「……ペット可のところ、探さないと……高い、けど……」


 うにゃが一緒に住むならそういう物件を探さなければならない。

 だが、親にも勘当されているような寿璃恵にそういう場所が探せるとも思えなかった。

 一人だったら、住み込みの仕事を探すこともできたかもしれない。店長をぶっ飛ばした今、恐らくパートもクビになってしまうのだろうし。


「……そういえば、ジュリエの家の大家……あまりにもひどいんじゃないかにゃん?」

「ひどい……?」

「賃貸住宅の強制退去は普通に違法だにゃん」

「え、でも……、先に違反したのは、私、だし」

「ジュリエはうにゃを飼育しているわけじゃないにゃん! それにジュリエが追い出されたらどこにも行けないことを知っていたはずにゃん!」


 うにゃの言うとおり、大家は寿璃恵が保証人もいないどこにも行くところがない人間だと知っていたはず。

 それなのに、あんな形で追いだすなんて――いや、あのかっときやすい大家ならやってもおかしくないのかも。


「だから、きっとあの大家こそ、本物の妖魔にゃん!」

「え……? ええ……?」


 いや、元からああいう人など思うけど、と、寿璃恵は反論しようとしたが、それよりもうにゃの動きの方が早かった。

 うにゃっと鳴くと、寿璃恵の目の前にさっきの仮面が現れる。


「さあ、ジュリエ、変身にゃ! 妖魔退治と行くにゃん!」

「え……えぇっと……」

「早く妖魔をぶっ殺してジュリエの願いを叶えるにゃん!」

「……えと、あ、はい……」


 強く言ってくる人には逆らえない。

 寿璃恵は大人しく変身アイテムの仮面を身に着けた。

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