役付と緊張
異動して初の出勤日。俺は初めての支部勤めという事もあり、少し緊張していた。というのも、長年、本部で講師を勤めてきた俺は、支部の事を全くと言っていい程、知らないからだ。”本部と同じ”とはよく耳にしていたものの、全体像が掴めずにいる。異動発表の1週間前、俺は、本部の部長、植田知弥部長に呼び出された。部長室に行くと、植田部長はパソコンに向かいながら、こちらを見ずに「ソコに座って。」と話す。何やら、パソコンから出力し、印刷する。取り出した1枚の書類を手にした。デスクから立つと俺が座っている、小さな応接用のテーブルに書類を置き、俺と向かい合わせるように座った。
「忙しい時にすみません。河本さん。貴方にお願いがあります。実は陽高支部のPC科で1人欠員が出たんです。そこで河本さんに異動して頂きんです。」
植田部長がテーブルに置いた書類を俺に見せた。俺は書類を手に取り目を通した。そこにはこう記載されている。
「河本雷斗主任様 5月1日より異動。異動先、陽高支部PC科。異動理由、陽高支部PC科1名欠員補充の為。」と記載されていた。
書類に目を通す俺は、ある文字に目が釘付けになる。…”主任?”…俺は今まで平だったため、”主任”の字がピンと来ていなかった。その様子を見た植田部長は笑いながら話す。
「昇進おめでとう。これから正式に辞令が出るから、辞令交付式の日付けが決まったら、またお伝えします。それまでは内密に。」
まさかの異動ともに昇進の伝達。俺は戸惑いながらも嬉しいさで胸がいっぱいになった。長く勤めていれば、いずれは、何らかの長にはなれるかとは思っていたが、こんなにも早く”主任”になれるとは思わずにいたからだ。それまでは本部の別の職種に着いていて、本部のPC科に入職したのは3年前。だから今回の昇進は本当に嬉しい…そして今日に至る。慣れれば自然と振る舞う事が出来るが…やはり、緊張する。支部の駐車場に着き、車を停め、施設内へと入る。この施設は、間取りが変わっていた。1階の施設内は、ものづくりのエリアになっていて、機械系から始まり、大工作業や溶接系などが専門。2階は俺が勤務するPC科をはじめ、簿記や英会話を教えている、教育学科、トレーナー講習科、介護福祉科となっている。俺は施設長に挨拶をする為、事務室を訪れた。”すみません”と声をかけると、中から現れたのは1人の女性。彼女が事務長の江部事務長だった。江部事務長は俺の顔を見るとすぐに”本部から異動して来た方”と分かったらしく、施設長室へと通された。緊張した面持ちで待っていると、いきなりドアが開らき、1人の男性が慌ただしく部屋へと入ってきた。彼こそがここの施設長、澤池陽一施設長だった。