旧姓
出勤して2日目、部室では、私が”離婚”した話しで持ちきりになっていた。出勤すると私の顔をチラリと見て、数人でコソコソ話していた人達がサッと、散ってゆく…。私は”…朝から陰湿だな”と思い、自分のデスクに向かう。と福山課長に呼び止められた。
「藤原さん、ちょっと…。」
福山課長は私を休憩室に連れていくと、手に持っていた新しいネームを渡した。
「新しいネームです。…周りがどう言おうが、気にしないで。貴女が1番頑張ってるのは、私も部長も知ってる。…今度は”自分”の時間が沢山あるから、好きな事をしてね。」
福山課長は私にそう語りかけて、休憩室から出ていった。私はしばらく休憩室から出れずにいた。渡されたネームには私の”旧姓”が印字されている。…”青野 海”…これが私の本名だ。休憩室には、自分のロッカーがあり、そこに荷物を置けるようになってる。ロッカーを開けると、中には紙袋が1つ。”?何だろ”…紙袋を手にし、中身を見た。メッセージカードにはこう書いてある。
”これから新生活頑張って。スタッフ一同。”
私は紙袋のお菓子を手にし、しばらく声を出さず泣いた。
しばらくして、落ち着きを取り戻した私は、前のネームを取り、新しいネームに替えた。
「…頑張ろう…。」
その様子を何人かのスタッフがこっそり覗いていた。…その日のお昼休憩にスタッフにお礼を言った。
「お菓子、ありがとうございます。…でもどうして知ってるんですか?私が”離婚”したの…?」
”あぁそれね”とスタッフの1人が訳を話してくれた。彼女は村木ちせさん。以前は更衣室で会うと話す仲だったけど、今回の異動で一緒に働いている。
「海ちゃん、体調悪いって言う割に、普通にしてたから…後ね、近衛部長さんが教えてくれたの。海ちゃんのプライベートの事だし、プライバシーにも関わる事だけど、これだけはきちんと説明した方がいいからと。海ちゃんの口から話せないと思うから…。って。」
村木さんはそう言って、コーヒーを口に運んだ。
新しいネームプレートに目をやっていた私。と村木さんは飲みかけのマグカップをテーブルに置くと、ランチバックからクッキーを取り出して口に運ぶ…。と
「海ちゃんて趣味は何?」
唐突な彼女の質問に私はふと我に返る。
「趣味…ですか?…読書、後…キャンプ動画を観たり…」
「…キャンプ動画?」
村木さんは目をぱちくりさせて”意外だなぁ…。”と呟いた。村木さん曰く、私は読書は何となく分かるけど、キャンプ動画が好きとは思わなかったらしい。休憩時間がまもなく終わろうとしていた。
「…いつかソロキャンプしてみたいです。」
自然と私の口から出た言葉だった。自分からこんなことを話す…初めての事だった。