理由
介護福祉科とPC科は、すぐ隣にある。近衛部長の唐突な依頼で私は、近衛部長に左手首を掴まれた状態で、PC科へと向かう。近衛部長は、PC科の入口から入室し、左側の突き当たりの小さなドアをノックした。そこは、講師用の休憩室の入口。「”近衛です。失礼します。”」…「”はい…どうぞ”…」と声が聞こた。中に入ると、広めの休憩室になっていた。小さな流しとの間をパーテーションで仕切り、入口手前側に、講師達のデスク席。仕切りの反対側は、講師達の休憩所になっている。いつの間にか、近衛部長は掴んでいた、私の左手首を放していた。
「あぁ!近衛部長。…?…あれ?藤原さん?」
丁度、近衛部長の後ろに隠れる状態でいた私を見て、少し驚いた様子で声をかけたのは、PC科室長の仁科光貴室長。私より10位歳上の彼。私を見て驚くのも無理はない。私は”介護福祉科”の講師。パソコンは確かに使えなくは無いけど…もう大分、ブランクがある。近衛部長は、私を仁科室長が見える様に少し離れて、仁科室長に尋ねた。
「星野さんの容態は?」
私は、聞き覚えのある苗字に”うん?星野さん…?あれ?…星野さんて確か…”と思い出していた。
星野里香さん、現在、妊娠中のPC科の主任…。すると、仁科室長は、戸惑った様子で近衛部長に話した。
「先程、星野さんのご主人が連絡をくださり、星野さん、緊急入院になったそうです。胎盤早期ナントカ…」
近衛部長はすぐに理解して、仁科室長に説明した。
「胎盤早期剥離ですね。赤ちゃんとへその緒を繋いでる、胎盤が何らかの原因で剥がれ落ちてしまう…」
この話しを聞いて、私は何故、近衛部長が慌てていた理由が、ようやく理解出来た。命に関わる状態だから…お腹の赤ちゃんだけでなく、星野さんの命にも…。私は、これ以上は聞かない事にした。近衛部長と仁科室長は、星野さんの容態と今後の日程を確認すると、2人して私の方に目線を変えた。近衛部長は仁科室長から2枚の書類を受け取ると、私の方に近寄り、用紙を差し出した。と同時に、仁科室長も近寄る。私は、差し出された2枚の書類を受け取り、目を通した。
「受講希望申込み書」
と記載されている。受講希望者は2名。いずれもパソコンには殆ど縁がない職種からの依頼だった。1人は、飲食店アルバイト。もう1人は…ん…?
私は、もう1枚の受講希望者の名前…「”…小田…健大…”」 私はこの名前を、最近どこかで見た記憶があった。しばらく書類を読んで沈黙していた。