メリル・フロイス副団長(第三者視点)
「ずいぶんと細い道だな。これじゃ人1人分しか通れねえぞ」
ザイルが肩をすくめてボヤく。ここまで順調に歩を進めてきた騎士団だったが、突如現れた細い道を前にして困惑していた。人1人分の幅しかなく、これではもし魔物が現れた時には一対一で真正面から迎え撃つしかない。それはあまりに危険だ。
「どうするんです? メリル団長殿。俺としちゃあ、一旦撤退した方がいいと思うがね。ここは発見されたばかりのダンジョンだ。なにがあるかわからねえ」
「バカなことを言うものだ。Cランク冒険者と言っても所詮はごろつきか」
「あんだと!?」
「ザ、ザイルくん」
メリル団長の言葉に頭に血が昇るザイルを、エグザが諌める。だが、ザイルの気がすまない。
「どういうことだよ。俺のどこがバカだって!?」
食ってかかるザイルにメリル団長の冷たい視線が刺す。その迫力にザイルは思わずたじろいだ。
「ここは生まれたばかりのダンジョンなのだろう? それならば攻略はなるべく早い方がいい。時間をかけさせれば、それだけダンジョンは成長する。次の探索時には今よりももっと広く厄介な場所になっているだろうな」
「うぐ」
あまりの正論に言い返す言葉もない。メリル団長はさらに続ける。
「それに、私が王から受けた命令はただ一つ。『このダンジョンの主を捕らえよ』だ。その命を果たしていない以上、撤退などあり得ない」
氷のような冷たさで、メリル団長は吐き捨てる。
「わ、分かったよ。俺がバカだった」
「わかれば良い」
ザイルはすごすごと引き下がる。エグザは2人のやり取りをヒヤヒヤしながら見守っていたが、メリル団長が視線を逸らすとホッとしたように息を吐いた。
「それでは、私が先頭を切る。最後尾の10人は後ろから魔物が襲ってこないようにここで待機しろ。いいな?」
「「「はっ」」」
メリル団長は迷いなく通路に足を踏み入れる。その瞬間、通路の入り口が閉じ、メリル団長と団員たちが分断される。メリル団長1人だけが取り残された形だ。
「……やってくれる」
メリル団長はその顔をわずかに歪ませ呟く。後ろから団員たちの叫ぶ声が聞こえる。
「お前たち!! 私なら大丈夫だ!! ダンジョンの性質上、必ず入り口と最奥部はつながっている! お前たちはお前たちで探索を続けろ! 私は1人で行動する!」
ダンジョンの入り口と最奥部は繋がっている。それはこの世界の常識として伝わっていることだ。理由はわからないが、攻略不可能なダンジョンは存在が許されないらしい。メリル団長は団員たちに指示を出すと、どんどん足を進めていく。
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「はあ。たまには1人も気楽でいいなあ」
部下も連れないで1人で行動するなんて、何年ぶりだろう。突然分断されたのには驚いたけれど、仕事中はいつも気が抜けないでいるから丁度いいかもしれない。騎士鎧は肩が凝る。首を回すとコキコキ音が鳴る。帰ったらゆっくりサウナでも入りたいなあ。
「あー。ヤバいかな私、気ぃ抜けすぎ? でも今日はもう疲れたし。あんな怖い人たちの相手、私みたいな人見知りには無理だよぉ」
ザイルとエグザとかいう冒険者たちを初めて見た時からめちゃくちゃ苦手なタイプだと思った。でも部下の手前、威厳ある態度を取らなきゃならないし……めちゃくちゃビビりながらだけどすごく頑張ったと思う。私、すごい。正直何回か詰め寄られた時は生きた心地がしなかったけれど、何事もなくてよかった。
「ああ、むしろ1人になれて良かったかも? ここのダンジョンも楽勝みたいだし、さっさと仕事を終わらせて帰りたいな」
重圧から解放された喜びでニヤニヤしてしまう。いけないいけない。こんなとこ部下に見られたら終わる。少し気を引き締めないと。
「私はメリル。第三騎士団団長」
スッとスイッチを切り替える。無表情を作り、立ち振る舞いは威厳を出して。これが仕事中の私だ。
「さて、私だけを分断したからには、ここのダンジョンマスターには何か策があると見ていいだろうな」
我ながら、オンとオフの温度差で風邪をひきそうだ。でも、もしオフの状態ではぐれた部下たちと再会でもしたら終わる。私の作り上げてきたメリル団長のイメージが崩壊してしまう。それはいけない。絶対に。
「……おやおや」
狭い通路を抜けた先には、3体の魔物が待ち構えていた。一体は既知の魔物だ。サイクロプス。Aランクの魔物で、怪力に加えて再生能力まで持った前衛特化の魔物だ。手には魔物に似つかわしくない見事な漆黒の大剣を持っている。それに、たまに魔法を使う個体がいるがもし目の前の奴が使えるならば危険度が跳ね上がる。
向かって左側には、雷を纏ったガス状の魔物がいた。あれはエレメント? ウィスプ系の魔物が進化した魔物だが、大きさが桁違いだ。3メートルほどもある。サイクロプスと並んでも、同じくらいだ。
「あとの一体は、なんだ? 見たことがない」
向かって右側にいるのは、色とりどりの宝石が散りばめられた豪華な錫杖を握った人型の魔物だ。顔は醜悪で、御伽噺に出てくる悪魔のような見た目をしている。
「ふん、おそらく魔法職、ということだけわかればいい」
もう一つ、全員が共通して耳に何かの物体をつけているというのが気になったが、そんなことは今考えても意味がないだろう。すぐに意識の外に追いやり、腰の騎士剣を抜く。ここはもう私の間合いだ。未知の相手に先手を許す私ではない。戦いの主導権は私が握る!
「【散花】!」
【散花】は私が1番得意とする、オリジナルの魔法だ。冷気と共に氷の礫を飛ばす魔法。発生も早いし威力も高い。出力を上げれば広範囲にも攻撃ができる万能魔法だ。
「【炎の壁】」
「なに?」
私の魔法は炎の盾で防がれる。あれを出したのは右の……仮にデビルと呼ぶことにする。あいつだ。
「炎魔法を使うのか、それなら」
私は氷魔法を得意とするが、別にそれしか使えないわけでもない。
「【風刃】」
風の刃を放つ。氷魔法より不得意だが、これなら炎の盾で防がれることはない。と思ったのだが、私の思惑は外される。
「【風の盾】」
「厄介な」
風の盾が出現し、私の風刃は軌道を逸らされる。どうやらデビルは、思ったよりも厄介な魔法職らしい。
「グアアア!」
魔法での攻防をしているうちに、間合いを詰めてきたサイクロプスが大剣で襲いかかってくる。こいつの怪力をまともに受けるのはよくない。剣で受け流そうとして、直前で気づく。この攻撃は、避けなければ!
「くっ」
直前で無理に体勢を変えたせいか無様な避け方になってしまった。でも、そうしなければ多分、私は斬られていた。
「その大剣、ずいぶんと業物のようじゃないか。どこの名工に打ってもらった?」
サイクロプスの振り下ろした先にある床は、まるでゼリーのようにスッパリと切れていた。魔力を宿しているとはいえ、あれほどの切れ味を持つ刀なんて見たことがない。
「【噴火】」
突然足元が膨れ上がる。瞬時にその場から飛び下がると、床が割れて中から炎と溶岩が飛び出してきた。
「合成魔法まで、使えるのか!」
合成魔法【噴火】。火魔法と地魔法を高いレベルで極めなければ習得できない大技だ。あんな魔法を魔物が習得しているなんて考えられない。流石に肝が冷えた。これが最大の攻撃魔法だと思いたいが、まだ何をしてくるかわからない。
「くっ」
サイクロプスの大剣の乱舞を必死に避ける。戦いの主導権を握るはずが、逆に相手に握られてしまった。こいつら、魔物のくせに連携が巧みすぎる。
「いや、待て。もう一体は何をしている?」
背筋をゾゾゾと冷たいものが流れるのを感じる。今までの経験からくる直感が全力で何かを警告しているようだ。
「上、か!」
直感に従って上を見上げる。そこには、すでに私に向かって落ちてくる雷が見えた。逃げ場などない、極太の豪雷。ああ、そうか。サンダーエレメント。あいつがずっとこれを。
「やるじゃないか」
私を出し抜くほどの見事な連携を見せた魔物たちに対して、私の顔に思わず笑みが浮かんでしまった。