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平和な日常


「王手。これで儂の勝ちじゃな」


「ぬわあ! ちょ、ちょっと待つのだ。さっきのは間違えたのだ。いっこ戻ってやり直しさせてくれ」


「ふっふっふ。別に構わんが、それでも儂には勝てんぞ?」


「なに!? あ、これは……くそ、どっちを動かしても負けるのだ! ぬわあああ!」


 うっさ。よそでやってくんねえかなこいつら……。


「ガルフ、もう一回なのだ。このままでは終われん」


「いいぜ、カーラちゃん。ま、何回やってもおんなじじゃと思うがな」


 王国騎士団の元帥、ガルフじいさんはすっかりうちに馴染んでいる。いや、おかしいだろ。


「おいメリル。お前あのじいさんに何したんだよ」


「何って?」


 メリルはソファに座りながらテレビドラマを見ている。右手にはクッキー。紅茶を優雅に啜りながらくつろいでいる。いや、こいつもなんでこんな馴染んでんねんとは思うが。


「あれだけ怒らせたのに全然根に持ってないしさ。普通もっと俺らに敵意を持ってもいいと思うんだが」


「敵意を持たれたいの?」


「んなことないけどさ」


「ならいいじゃない。私はここの良さを少し教えてあげただけだし、何も特別なことはしてないよ?」


「ほんとかよ」


 俺たちが話していると、会話を聞いていたのかガルフじいさんがこちらを見てくる。


「ハジメさん。儂はあんたのことを少し勘違いしていたようじゃ。ろくに話も聞かず襲いかかってすまなかったの」


「ん? いやあ……別に気にしてないけど」


 ずいぶんと物腰が柔らかいな。敵対している時はめちゃくちゃ怖い爺さんだったが今は優しいおじいちゃんになってる。


「魔人なんぞ、人の命などなんとも思っていない化け物じゃと思っていたが……ハジメさん、あんたは違うみたいじゃ。結局、儂のことも閉じ込めるだけで酷い扱いはしなかったしの」


「え? う、うん」


 まあ、本人がそう思っているなら別に構わないけど。


「儂を負かしたのはあんたが初めてじゃ。敗戦の将は大人しく軍門に降るもの。人に仇なす存在ならば別じゃったが、そういうわけでもなさそうだしの」


「俺は平和主義者だからな。俺たちがこの世界で楽しく幸せに生きていけるのならそれ以上は何もいらないよ。人を傷つけて生きていくより、仲良く生きていくほうが楽しいだろ?」


「ふむ。これほどの絶大な力を持ちながらもそれを誇示するわけでもない。今度の魔王はずいぶんと理知的じゃな」


「おい、魔王ってなんだよ」


 さらっと聞き捨てならないことを言ったな。俺のことを言ったのか?


「なんじゃ。自覚はなかったのか? 生まれたてのダンジョンにも関わらず恐ろしい勢いで力を増し、次々と魔人を生み出す。お主を魔王と呼ばずしてなんと呼ぶのか」


「え、えー?」


 俺が魔王だって? そんなこと言われても全くピンとこないんだけど。俺が困惑していると、ちょうどコーヒーを持ってきたあずきと目が合う。隣にはお茶菓子を運んできたシルクもいる。


「マスター。それではこれからは呼び方を変えた方がよろしいですね。これからは、“魔王様”と呼ばせていただきます」


 にっこりと微笑みながら言うあずき。


「マス……いや、我らが魔王様。僕もその末席に加われること光栄に思うよ」


 誇らしげに胸を張るシルク。


「ハジメが魔王……。元帥すらも倒してしまうんだから、むしろ納得だわ」


 メリルもうんうんと頷きながら呟く。というか、お前も働けよ。アニメばっかり見てんじゃねえ。


「魔王なんて仰々しい肩書き俺には似合わないって。実際はただの引きこもりみたいなもんだし。それに俺は強くないしさ」


「ハジメが魔王であろうとなかろうと私はどっちでもいいのだ。でもいつも美味しいお菓子と食べ物を用意してくれるし、私は今とっても幸せなのだぞ」


 パリパリとせんべいを齧りながらカーラが言う。メリルはそんなカーラを見てかわいいとか呟いてる。こいつはブレないなあ。まあでも、俺もここの生活を守れれば魔王でもなんでもいいけどな。


「なあハジメさん。王国には儂から話をつけてみようか。“このダンジョンには手出し無用”とな。あんたもその方がいいだろう?」


「ああ。そうしてもらえるとありがたい。あとは“友好的な魔人だった”というのも付け加えてくれ」


「わかった。そんじゃ、儂らはそろそろ帰るとするかの」


「え?」


 メリルが驚いたように目を見開く。その手にはコーヒーとクッキーが握られている。まだくつろいでいたいらしい。


「え? じゃないわい。メリルよ。お前も儂と共に帰るのじゃ」


「い、いやです。私はここで暮らすことに決めたので」


 何言ってんだこいつ?


「馬鹿者が。ハジメさんにあまり迷惑をかけるでないわ! 全く。お前がこういう奴だとは全然知らなかったぞ。猫を被りおって」


 ガルフさんはメリルの首元を無造作につかみ、マスタールームの外に引きずっていく。


「いや! いやです元帥! 私はここに残るんです! カーラちゃん助けて」


 必死の抵抗も虚しくメリルは連れていかれた。カーラはヒラヒラと手を振っている。


「ガルフさん。送ろうか?」


 スキルの【ダンジョン内転移】を使えば外まではあっという間だ。そう提案してみるが、ガルフさんは首を横に振る。


「最近こやつは甘えきっているようじゃから、鍛え直してやらんとな。このダンジョンを少し借りるぜ、ハジメさん」


「ああ。そういうことなら。じゃあまた」


「ハジメぇぇ! あんた助けなさいよお!」


 恨み節を浴びせてくるメリルを無視する。2人が部屋からいなくなり、部屋が広く感じる。


「さあて。お仕事でもすっか。ふふ」


 昔の俺では考えられない発言だ。言ってて自分で笑えてきた。俺もなんだかんだ楽しんでるんだなあ。こっちの生活。


「何を笑っておる? 気色の悪い」


「酷いこと言わないでくれる? 俺も自分でキモイと思ったんだから」


「魔王様の笑顔、あずきは好きですよ」


 フォローありがとう。あずきは優しいな。


「あずき、シルク。さっそく任せたい仕事があるんだけど、いいか?」


「なんなりと」

 

「僕が役に立てるなら、なんでも」


 まだこの世界に来てからそんなに時間は経っていないけど、かなり濃い時間を過ごしている。俺はこの生活を守りたい。まるで一家の父親にでもなった気分だ。カーラが末っ子な。


「ふふ」


 また笑ってしまい、カーラが眉を顰めてこっちを見てくる。そんな顔すんなって。


「娘だと? 全くお主は……言っておくが、私が本来の姿を取り戻したらその美しさに度肝抜かれるからな? 覚悟しておけよ」


 俺の心を読んだカーラが呆れたように言う。


「はいはい。そのためにもダンジョン運営頑張りますよ」


 平和な日常が続くことを願って。




 

 

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