セラフィム王国では(メリル視点)
「第三騎士団はダンジョン攻略に失敗しました」
「バカな! そんなはずがないだろう!?」
王城内の会議室に集められた大臣たちは、私の報告を聞き混乱しているようだった。そうだよね。そりゃそういう反応になるよ。
「第三騎士団が壊滅……?」
「“薄氷の騎士”メリル・フロイスが破れたというのか。しかも、できたばかりのダンジョンに」
「はい」
「あなたも落ちたものです。若くして騎士団長の座に選ばれたからと調子に乗っていたのでしょう。全く」
「名ばかり売れていても実力が伴ってなきゃ意味がない。所詮その程度の実力だったということですね」
ひ、ひどい。私のことで色んな噂話とかをされているのは知っているけど、直接悪口を言われることはあまりない。私は意外と傷つきやすいのだ。今は仕事モードに入っているから無表情は崩さないけれど、多分帰ったら泣く。絶対泣く。これだからこの国に帰りたくなかったんだよ。ずっとあそこにいたかった。
「何か言ったらどうですか? 第三騎士団に犠牲者がいなかったから良かったものの、下手をしたらあなたのせいで由緒ある王国の騎士団の一つが壊滅していたところだったんですよ?」
グサリグサリと私の心に矢が突き刺さる。私のライフはもうゼロだ。ここまで怒られたのはいつぶりだろ。団長になってからはなかったなあ。
「あのダンジョンは、生まれたばかりとは思えないほど強大でした。悪辣極まりない罠の数々と厄介な特性を有した魔物の数々……精鋭たる我が団ですら完全に封じ込まれたのです。あのダンジョンの造りは軍略を熟知したものでなければ作れません。何より、最奥部にいた魔物は私の力を凌ぐほどの化け物。我ら第三騎士団は完全敗北を喫しました。それでも我らがこの王城に生きて帰れたのは、全てかの地のダンジョンマスターの温情によるものです。彼は、王国と敵対する意思はないようでした」
私は必死にあのダンジョンの理不尽さを訴える。もちろんハジメの頼みも忘れていない。それとなく危険はないよと伝えてみる。
「な!? 貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか? 自らの未熟を棚に上げ、国の剣たる騎士たちを危険に晒し、あまつさえ敵であるダンジョンの主を称賛するだと? まさか貴様、魔物に絆されたか」
この場にいる大臣たちの視線が私に一斉に注がれる。そこに込められているのは、敵意だ。あ、ヤバい、泣きそう。こんな偉い人たちにここまで詰められるの初めてだ。もう私の心は一杯一杯だよ。
「そのようなことは、ありません」
「いいや。メリル・フロイスよ。貴様は魔物に洗脳されている。ここにいるものはこやつの言を聞いたな? このようなものを信用するわけにはいかん直ちに拘束し、牢屋に――」
「おい。ちょっといいかお前たち。さっきから聞いておれば、この儂のいる前でずいぶん好き放題言ってくれるのう」
「え? げ、元帥殿! そのようなことは!」
「メリルは儂が直々に第三騎士団の団長に任命した。そのメリルに文句があるのなら、儂にも不満があるということじゃろう?」
「そういうわけではありません! 決して! 元帥殿!」
ああ、元帥。私を助けてくれるんですね。思わず涙が滲んできた。今度は嬉し涙だ。でも人前で泣くわけにはいかないから思いっきり目に力を込めて涙を引っ込める。
元帥っていうのはこの国の軍務大臣で、全部で五つある王国騎士団をまとめる最高位の騎士のことを言う。つまり、騎士の中で一番偉い人。
ガルフ・ルドルク元帥。普段はめちゃくちゃ厳しくて、実はかなり苦手だ。オールバックの赤髪に、ひたすらいかつい顔。もうおじいちゃんと言ってもいい歳なのに、全然そう感じさせないほどの大きさと迫力。あずきと並んでも身長同じくらいあるんじゃないかな?
「ならば、さっきの発言は取り消すかの?」
「う……。しかし、お言葉ですが元帥。国王の命を遂行できなかったものには相応の罰を与えなければ他のものに示しがつきません」
「ふむ。メリルが攻略に失敗するというほどのダンジョン。話を聞く限り、儂らが知る普通のダンジョンとはかけ離れたもののようじゃ。団長クラスでも対処できないほどの危険なダンジョンということじゃろう。な? メリルよ」
元帥の言葉にぶんぶんと首を縦に振る。その通りです、元帥!
「そのような中、メリルのような貴重な戦力を潰すなど愚策よ。愚策。王国の損失じゃな。つまりな、お前ら……ごちゃごちゃうるせーんだよ」
そのあまりの凄みにさっきまで私に対する悪口で盛り上がっていた大臣たちは一斉に下を向き萎縮する。ざまーみろ。バカめ。しかし元帥。今まで苦手だなんて思っていてすみませんでした。一瞬で大好きになっちゃったよ。部下として一生ついていきます。
「しかしメリルよ。ダンジョンの主に対するその温和な態度だけはいただけん。騎士たちの命を奪わなかったのをお前はダンジョンの主の温情だと言っていたが……そんな建前に騙されるなど愚の骨頂じゃな。お前のその短絡さ、短慮さが欠点だといつも言っておるだろうが」
あ、はい……。私の中の熱が一瞬で冷めていく。やっぱり怖いよ、このおじいちゃん。目線で人を殺せそう。
「申し訳ありません」
こういう時はとりあえず謝るのに限るのだ。
「何もわかっていないのに謝るでないわ。バカが」
ひいい。ごめんなさい。そんな目で睨まないで。
「まあよい。それで、もっと話を聞かせてもらおうか。まずお前が破れたという最奥部の魔物だが……どんな奴なのじゃ?」
「はい。奴は人型の魔物でした。街中にいたら人と見間違うかもしれません。私と渡り合うほどの剣術と、多彩かつ強力な魔法を操ります。そして一番厄介なのは再生能力です。四肢を切り落としても瞬時に回復してしまうので、思うようにダメージを与えられませんでした」
「ほう。ほう。人型……それがダンジョンの主だったのか?」
「いいえ。それとは別の魔物です」
「ふむ。それではかのダンジョンには魔人が2人いるということか、ダンジョンの主たる魔人と、それを守る魔人」
元帥の言葉に私は思わず首を傾げる。魔人? そんな私を見た元帥はふむと頷く。
「魔物が極限まで力を高めると人の形を取るというのを聞いたことはないか?」
「……そういえば、昔祖母がそんなことを言っていました」
私が幼い子供のころだ。祖母からはよく昔話を聞かされていた。その中でそんな話を聞いた覚えがある。そうか、あれが。
「儂も出会ったのは数回しかないが、間違いないじゃろ。お前が負ける相手なんぞ魔人くらいじゃろうし」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてねーよ。簡単に負けやがって。お前を団長にした儂の面目丸潰れじゃ。ああ?」
「申し訳ありません」
必死に無表情を維持する。正直漏らしそう。プルプルと震える足を殴って止める。怖いよう。
「さて、それじゃあそのダンジョンの対処を決めようかの。2体の魔人を相手にして問題なく勝てそうな奴か……そうじゃなあ」
2体の魔人とはいうけど、ハジメって戦闘能力あるのかな? あいつ弱そうだけど。
「いかがいたしますか?」
正直、あそことは敵対して欲しくないなあ。そんなことを言ったら次は本当に殴られそうな気がするのでやめておく。ごめんカーラちゃん。私しばらくそこに帰れそうにない。
「儂が出る。んでメリル、お前も来い」
「はい?」
思わず聞き返してしまった。え、元帥自ら? しかも私も行くの? いや、一度行ったことある私を行かせるのは当たり前か。いやだなあ。また敵としてあそこに行くの?
「2度言わすのか?」
「いえ。わかりました、元帥」
有無を言わさない元帥の圧力に屈した私は了承の返事をした。するしかないよ。この人に逆らえるわけないもん。
「さてさて、ダンジョンにいるというその魔人。一体どれほどのものなのか楽しみじゃのう。それではメリル、下がっていいぞ」
なんだか元帥楽しそう。この人の強さは私も知っている。正直あずきが可哀想に思えてくる。というか、あのダンジョンの命運はもう決まったかも……。ああ。あんなに美味しいご飯の数々。アニメ、漫画、映画、ゲーム……無限にあるような娯楽の数々。あれがなくなってしまうのは惜しい。惜しすぎる。あとはカーラちゃんのことも心配だ。もしダンジョンを破壊するとしても、カーラちゃんだけは保護しないと。ハジメとあずきはまあどうでもいいや。
「あれ? そういえば……」
カーラちゃんってなんであんなとこにいたんだろう。人間だと思ったけど、おかしいよね。もしかして……。
「これは、元帥には黙っておこう」
あんなに可愛い子が危険だとは思えないし。ダンジョンマスターに連れ去られた人間ってことにすれば見逃してもらえるかも。カーラちゃんだけは私が守る。私は密かに決意して、会議室を後にした。




