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ネコと少女と男の祝勝パーチー、おめかしして来いよ

 SLOTHの事件から数日後の土曜日、小鳥遊が暮らす高級マンションの一室にて、男はソファに腰かけ、あくびをしながら都会の街並みを一望に収めていた。


本性の開放によって得られる異能が危険であると小鳥遊とネコに判断された男は、未だに家へ帰ることを許されておらず、居候のような暮らしを強いられていた。当然ながら、単独での行動も禁止されて。


「なあ、この生活っていつまで続くんだ?」


 自らが淹れたコーヒーを飲み干し、そういうデザインなのか、もしくは壊れているのか分からない、傾いたサイドテーブルにコップを置くと、同じくソファで丸くなるペルシャ猫のビー玉に呟いた。


「いつまでって、お前が本性をコントールできるようになるまでにゃ」

「それって、下手したら一生ここから出られない可能性もあるってこと?」


 恐ろしい推測に至った彼は、まさかとは思いつつも、おずおずとネコに聞き返した。するとネコは、引き続き瞼を閉じたまま、さも当たり前のように答える。


「当然だニャ」

「…………勘弁してくれよ」

「悪い事ばかりでもニャいやろ、あんなカワイイ娘と、こんなカワイイ猫と一緒に暮らせるんや、不自由なことなんてあらヘン」

「猛獣と同じ檻に入れられてるだけなの、ていうか世間ではこれを軟禁っていうの、不自由しかしてないの」

「うっさいのう、黙って茶でもしばいとけニャ」


 差し込む朝の陽光がソファを包み、クーラーの効いた部屋で日光浴を満喫しながら、男とネコはぼうっと話し込んでいた。そうして男が、2杯目のコーヒーを注ぎに行こうと席を立った時、尻ポケットのスマホがバイブレーションする。


「はい、三鷹ですけども」


 男が電話に出ると、今や聞き馴染みのあるディープな声が、小さな子供の声と共に聞こえてくる。


「愛宕さんか、なんか事件でも?」


 電話の内容はこうだった。数日前の事件で助けてもらったお礼をしたいから、小鳥遊を夕食に招待したい、ついでにお前も来い。————見てくれは不良の様な風貌をしているが、存外、仁義に厚い彼の提案に、男は驚いた。


「いやいや悪いだろ、俺だけで行くよ」


 電話の向こうから声のボリュームを上げた愛宕の声。男はスマホから耳を離して、それが落ち着いたのを見計らい「冗談だって」と、笑いながら補足した。そうして電話を終えた男は、勝ち誇ったように言う。


「悪いが、事件で活躍した人間様は、今夜刑事の家で祝勝会だってさ」

「お前は何もしとらんやろ、まあ帰りに寿司だけ買うてこいニャ」


 男の言葉には興味を示さず、ネコは引き続き日向ぼっこに興じた。そんな彼に、男はつまらなさそうに言葉を返す。


「コーンマヨの軍艦ね、了解」

「張っ倒すぞボケカス、ウニマグロタイにゃ」

「はいはい」


 いつも通りの調子で声を尖らせるネコに小手をかざし、書斎に居る小鳥遊へ夕食の件を伝えるべく、男は彼女の元へ赴いたのであった。


 ————その日の夕方、男と少女は、電車で15分のところにある愛宕の家へと向かっていた。電車を降り、西日によって明るさを保つ住宅街を闊歩するなか、少女はいじらしく呟く。


「最初のデートが刑事の家だなんて、緊張しますね」

「なー、ガキの頃にやった万引きで捕まらなきゃいいけど」


 道案内のアプリに苦戦し、スマホをくるくると回しながら、男はしかめ面で少女に返答する。しかしそれが適当なものであったことは、少女の心にあまり気持ちよさを残さず。


「先生、デートですよ、デ・エ・ト」

「んー、デザートは何だろうなあ————お、そこの角を左だって」


 ようやくナビが正しく機能し、表情に明るさを取り戻した男は、その顔を小鳥遊に向けて道を指さした。けれど少女の面持ちは思わしくない。


「どうした」

「いいえ、なんでも」


 少女は丸眼鏡をかけ直し、そっぽを向いてさっさと歩いてゆく。その有り姿を見たとき、男はようやく————違う方に————理解した。


「お、おい、悩みがあるなら先生に言ってみろ」

「ご自分の胸に聞いてください」

「はあ?」


 茜色の日差しが落ち、彼女の背を照らすかな、女心と秋の空とはまさにこのことだと、男は小さくため息を吐いて、その後を追っていった。


「ごめんくださーい」


よくある庭付きの分譲住宅、ようやく目的地へと到着した彼らは、その玄関前にてインターフォンを押した。すると応じるのは子供の声。


「どちあ様ですかー」

「決して怪しい者じゃないんですけど、ちょっと家に入れてもらえるかなー」


 男がその声に応答すると、女児はそのまま無言となり、続いてフローリングの床を駆ける小さな足音と、遠のく声がインターフォン越しに聞こえてくる。


「ママー、あやしい人だってー」


 まあそうだろうな、そんな言葉が聞こえてきそうな小鳥遊の表情に、男は気まずそうに視線だけを返した。斯くして暫くした後、顔を照らすインターフォンの灯りが消え、玄関の扉が開かれる。


「おー、よく来たな、分かり辛かっただろ」

「ホントだよ、もっとイルミネーションとか飾ってくれないと」

「うるせえ、早く入れ」


 出迎えたのは、三歳くらいの女児を抱いた金髪の男、愛宕であった。そうして彼に迎え入れられ、家へと上がりこむが、その途中で小鳥遊が愛宕に詫び言を述べる。


「愛宕さん、その節は申し訳ありませんでした」


 それは彼の拳銃を使用したことについての謝罪であった。


 彼女は危険な失律者の対策チームであるが、NECOは銃火器の使用を許可されておらず、いかなる状況にあっても警察、自衛隊の協力を要請しなければならない。そのため愛宕は、銃を使用したのは自分だと、彼女をかばったのである。


 それでも愛宕は、煙を払うような仕草と共に、屈託のない笑みを見せて言う。


「気にすんなって、それに、俺がこうして娘といられるのも、お前のお陰なんだよ」

「すみません、そう言ってもらえると、気が楽になります」

「まあそんなわけで、今日は辛気臭い話はナシで頼むわ」


 娘を抱えていない方の手で、愛宕は少女の背中を叩いて言った。茶々を入れる空気ではないと察した男も、その一連には沈黙を守った。男を見る女児に変顔はしていたが。


「あ、どーも、主人がいつもお世話になっております」


 廊下を抜けて居間へと入ると、ひとりの女性が深々と頭を下げ、彼らの来訪を歓迎した。年のころは愛宕と同じ三十代半ばであり、黒い髪を後ろで束ね、肩から流すスタイルである。そんな大人の色気に満ちた愛宕の妻に、男は息を呑んだ。


「おい、お前の奥さん美人すぎるだろ、どこで捕まえたか教えろ、参考にするから」

「そ、そういう話は酒が入ってからだろ」


 無遠慮ではあるが、男の言葉にどこか嬉しそうな愛宕は、気恥ずかしそうに断ると、子供を腕から下ろした。しかしその際にかいま見た、蒼い眼を見ひらき、濃い陰を面に浮かべて男の後頭部をにらみ上げる小鳥遊のすがたに、その笑みも瞬く間に引いてしまった。


「いやー、俺はなんもしてないっすよぉ」


 会食が始まり数時間、机に並ぶ料理もいよいよ小鉢のみとなった時、酔いのまわった男は愛宕の妻にデレを全開にしていた。未成年であるため素面を保つ小鳥遊に睨まれていることなど露ほども知らずに。


「そうですの? でも主人は、三鷹さんのお陰とも言ってましたよ」

「えへへ、そうなんですか? 困ったなぁ、いやホント、何もしてないんすけどねぇ」

「仰る通り、先生は何もしてませんでしたよね」


 愛宕の妻、ユマに酌をしてもらったこともあり、男の気分はついに最高潮を迎えていた。その目に映るのは、もはや人妻のみ。その状況を面白がらない小鳥遊は、ただただ箸を進めるのみ。


 ユマには確かに大人の色香があり、男が首ったけになるのも無理はないと、小鳥遊は感じていた。出産を経験しているにもかかわらずスリムなプロポーションを保ち、家庭を守る主婦であるため善く行き届き、また毅然としているが、しかしどこか隙も見える親しみやすさ。若さ以外、総てに置いて勝ち目のない静かな戦に、少女は唇を尖らせた。


「ところで小鳥遊ちゃんは、好きな男子とかいるのかしら」


 酒が入り、顔を僅かに赤くしたユマが、頬杖をついて少女に話を振った。そのあまりにも踏み込んだ話題に小鳥遊は少しひるむが、体をよじらせ紅潮した表情で呟く。


「そ、そりゃあ、いますよ」

「ホントにっ? どんな人なの?」


 まるで恋バナに花を咲かせていた少女時代に戻ったかのように、ユマは体重を机に預け、今まさに恋路を行く少女の答えに関心を抱いた。対する小鳥遊も、まんざらでもない様子で言葉を述べる。


「普段は頼りないんですけど、イザという時は守ってくれて、一緒にいて安心できるというか、楽しいというか。その人に出会ってから、私の人生も変わったような気がして」


 ようやく見せた少女のいじらしさに、ユマもうんうんと頷きながら話を広げていった。そうやって小鳥遊の話を一通り聞いた後、彼女は口惜しげにため息を吐く。


「いいなあ、私も青春時代に戻りたいなあ」

「ユマさんには愛宕さんがいるじゃないですか」

「そうね、私にはもったいないくらい」


 すると噂を聞きつけたかのように、子供を寝かしつけた愛宕が居間へと戻って来た。


「何の話だ?」

「秘密のハナシ」

「なんだよそれ」


 呆れたような笑みを見せて、愛宕はユマの隣に腰を下ろす。そして以心伝心でもしているのか、愛宕がグラスを手に持つと、ユマはビール瓶を片手に酌をする。長年の夫婦生活がそうさせているかのようで、少女はどことなくそれを羨ましがった。


「いいよなー、愛宕はさー、こんな美人な奥さん貰えてよー」

「そういうお前はどうなんだよ」


 男の妬むような言い草に鼻で笑うと、ユマがしてみせたように、今度は愛宕が酒を注ぎはめる。


「俺はなあ、なかなか善い縁がめぐって来ないんだよなあ」

「そういえば年上が好きなんだっけか?」

「年上っつても、一回りは離れてないと燃えないんだよ」

「そりゃ見つからない訳だ」

「そうなんだよ、みーんな結婚しちまってる」


 先ほどまで楽しげだった小鳥遊の顔に、再び陰鬱さがよみがえる。それ気付いたのは、アホな男2人ではなく、さすがと言うべきか、同じ女であるユマであった。


「三鷹さん、理想の人なんていうのは、案外近くにいるものよ?」

「そうですかね、俺の近くには子供しかいなんで。しいて言えば、校長くらいのもんですよ」

「未成年に手え出したら、真っ先に捕まえてやるからな」


 刑事である愛宕がそう冗談めかすと、あり得ないと言わんばかりの表情で「ないない」と、男は笑い飛ばした。そんな空気の読めない夫の発言に、ユマは横っ腹にヒジ打ちを食らわせた。


「痛って、なんだよ」

「三鷹さんもアナタと同じで鈍感だこと」

「なに、どんかん?」

「そういうところよ」


 そんなこんなで時間は過ぎ去り、時計の短針が11に迫ると、終電も気になるということで会はお開きとなり、来客がそろそろと帰り仕度を始めた時だった、ユマが小鳥遊の耳元でそっと呟く。


「歳の差なんかに負けちゃダメよ」


 その言葉に少女は驚くも、けれど小さく「はい」と返し、ユマに対してニっと笑って見せる。それがどれだけの足しになろうとも、彼女の気持ちをより堅固なものにさせたことに違いはなかった。


「忘れモンないな?」

「先生こそ、スマホ忘れてますよ」

「おー、悪い悪い、助かった」


 出来の悪い男には善い妻がいるものだと、ユマの目には、まるで二人が夫婦のようにも見えていた。


「そんじゃあ、ご馳走様」

「おう、またな」

「事件現場では会いたくないけどな」


 見送る愛宕夫婦に適当な言葉を返した2人は、月の上る頃だと言うのに蒸し暑い夜道を、男は千鳥足で、少女はそれをたまに支えて、そうやって帰路についたのであった。


 そして、映画鑑賞の途中で充電が切れたスマホのように、男の記憶もそこで途切れることになる。

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