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ネコと少女と男のリモート会議

「あーあー、聞こえるか―」

「聞こえますー」

「大丈夫ですー」


 モニターに3つのアイコンが並ぶ。一つはデフォルト設定の人型、一つは3歳くらいの女児が笑顔でピースしている画像、そして残る一つが、うず高くトンカツが積み上がった丼の画像である。声を発したら、画像の枠が緑色に点灯するシステムである。


「なんか、1人足りない気がするんだが」


 最初の声掛けで応えたのは2人、自らも合わせたら3人であり、どう数えても欠席者がいることは明らかだった。そして女児の画像が続けて光る。


「NECOさん、そっちのボスビッチはどうした?」


 その問いに答えるように、人型の画像が点灯する。


「すいません、うちの小鳥遊は別件で席を外してまして」

「へー、このヤマより大事な仕事って、もしかして野良猫探しっすか? 暇そうでいいっすねー」


 かつ丼の画像が、嫌味たらしくフチを光らせると、ここで女児の画像がここで割って入るのだが、先ほどまで聞こえていたディープな声ではなく、今度は室内を反響するほどの甲高い声が聞こえてくる。


「パパー、どうが見たーい」

「ちょっと待ってネー、パパ今お仕事中だから、ママに見せてもらいナー」

「やー、おっきいテレビで見うー」

「パパのテレビで見たいのー? よちよち、あとで好きなだけ見せてあげますからネー」

「やー!」


 舌足らずの可愛らしい声と、おっさんの猫なで声。パカパカと一向に収まる気配の無い女児の画像に、かつ丼がどことなく申し訳なさそうに指摘する。


「先輩、声入ってますよ」

「————あ゛っ」


 プツリと途切れたホワイトノイズ、そうして女児の画像は反応を見せなくなり、通話ルームは静寂を帯びるが、ここで満を持したかのように、人型の画像が光り出す。


「あれえ刑事さーん、緊急のミーティングだっていうから来たのに、やる気ありますう?」

「う、うるせー、愛宕さんは仕事も家庭も大事にする人なんだよ! お前には分からんだろうがな!」

「おいおい参ったな、誰が独身貴族のフリーダムボーイだって?」

「言ってねえよ、どんな耳してんだテメー!」


 人型とかつ丼が活気よくせめぎ合う。ほんの数秒の沈黙さえも続かず、そうやって賑やかさに包まれた通話ルームだったが、その無秩序を正すように女児の画像が参戦する。


「おいうるせーぞ、静かにしろ」

「スイマセンっ」


 女児の画像は、小さな娘と、大きな2人の子供に小さく溜息を吐くと共に、億劫そうな口調で画像の縁を光らせる。


「まあいい、それより、今回の会議の目的だが、犯人の動機についてNECOさんにも共有したく、開かせてもらった」

「分かったんですかっ?」


 不愛想な小鳥遊とは違い、食いつきの良い人型の画像に、女児の画像はどことなく声に明るさを取り戻して言う。


「まあ、確定じゃないけどな、可能性が高いってだけだ」

「さっすが日本の警察、高い検挙率は伊達じゃないってことかあ」

「よ、よせって」

「ま、アンタらパンピーを守るのが俺たちの仕事だかんな」

「あれ、足柄さんは新米刑事ですよね、なんでドヤ顔なんですか」

「愛宕さん、次会ったとき、コイツ殴ってもいいっすか」

「大目に見てやれ」


 震えた声のかつ丼をひとこと宥めた女児の画像は、「それで話の続きだが」と、引き続き画像の縁を光らせるが、その際にマイクが洩らさず拾った“ぷしゅ”という空気の抜ける音を、他の2人は聞き逃さなかった。

 

「ま、まあ、仕事も終わったことですし、俺も…………」

「い、いいよね、だって君のパイセンが真っ先に開けたんだもの」

「ば、ばか、ジュースに決まってんだろ」


 刑事といっても人間であるため、息抜きは必要である。ただし愛宕らは一連の事件の捜査担当、いつ呼び出されてもおかしくない状況であり、深酒は厳禁であることもまた、彼らは理解していた。


「という訳で、乾杯」

「かんぱーい」

「お疲れさまでしたー」


 しばらく続く嚥下の音。そうしてそれも落ち着くと、酔いも回らないうちに、3つの画像は本題を始めた。


「それじゃあ話の肝だが」


まず事件現場に残された英字、さながら映画セブンの黒幕のように、それは被害者の罪を指しているものかと思われたが、しかしLustのダブりから、犯人が被害者たちに抱いた感情を表している可能性があるということ。


また被害者たちの共通点として、暴言厨、パパ活女子、コスプレイヤーなど、皆一様にSNSを通して目立つ活動をしていたこと。


 次に事件は港区を中心に起きているため、それらの条件から、犯人が次に狙いそうなターゲットを絞れそうであること。


 やっぱり犯人は映画の黒幕を模倣しているかもしれないこと。ていうかセブンのラストって、胸糞悪いよねってこと。あの箱に入っていたのは、別の誰かの首だったんじゃないかってこと。


「俺、やっぱり納得できねーよ刑事さん、なんであんなラストにしたかなあ」

「確かに後味は悪いが、記憶に残る映画にはなっただろ」

「記憶に残ればいいってもんじゃないでしょうが!」

「思うんスけど、あの箱に入ってたのって、大量のケチャップじゃないっすかねえ」

「そうねー、そうだったらいいねー」

「パイセン、俺ぁもう、救いを求めて考察を読み漁るのに疲れちまったよ」

「誰がパイセンだ、お前らちょっと飲みすぎだぞ」


 一通り情報共有が出来たとは言え、グダグダと映画の話にもつれ込んでしまったミーティングに、さすがの愛宕も危機感を覚えた。そうして彼が仕切り直しを図ろうとした時だった。ずー、ずーと、スマホが机を舐める音、それは、画面の向こう側からも聞こえてくる。


「おいおいおい、こんな時間に呼び出しかよおぉぉ」

「はい、こちら愛宕」


 かつ丼の嘆く声が聞こえたと思えば、続いて神妙な声色で電話を取った女児の、その男らしい声がスピーカーから零れる。なにやら穏やかではない空気、人型のアイコンも緊張を見せた。


「ころしの事件だ、足柄、お前も場所は聞いたな」

「ええ……聞きました」


 女児のミュートアイコンが消えると同時に、かつ丼の大きな溜め息。嫌な予感が当たったと、人型はおずおずと問う。


「まさかとは思うけど、例の犯人が?」

「かもな、三鷹、お前も来い」

「…………まじかあ」

「先輩、オレ運転できねえっす」

「あーもう、分かった、俺が迎えに行く、三鷹、てめーの住所も教えろ」


 前向きな姿勢にはなれないが、ここで断ればNECOに粛清される可能性もあるため、男は渋々、愛宕に住所を教えたのであった。


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