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完結記念SS③ 無敵のロマンチスト

「今なんて言いました?」


 ルフェーブル公爵家のお仕着せに身をつつんだメグは、シュゼットの隣に立ったラウルを不審そうな目で見上げた。


 シュゼットは自分の言葉が不明瞭だったかしらと、今度は一字一句ゆっくりと話す。


「ですから、この方こそ、私たちの大好きな宮廷恋愛小説家、エリック・ダーエ先生なのです」


「ラウル様が、あのダーエ先生!?」


 袋に入れた小麦粉からばふっと立ち上がる粉みたいに、メグは飛び上がった。

 そして食い入るようにラウルを見つめた。あたかも、厨房の作業台の上を歩く蟻を見つけたときのように。


 熱視線で穴が開きそうになったラウルは、気まずそうながらも首肯する。


「彼女の言う通りだ」

「信じられない……」


 そう呟いてメグは、からくり仕掛けのオルゴール人形が止まるみたいに固まった。

 現実を上手に飲み込めなくなって、呼吸以外のあらゆる生命活動がフリーズしてしまったようだ。


 そうなるのも仕方がないとシュゼットは思っていた。


(まさかダーエ先生がこんな身近にいただなんて、メグもびっくりですよね)


 国王補佐のラウル・ルフェーブルといえば、手負いの獣のように凶悪な顔つきと冷淡な態度が有名だ。

 宮廷内で貴公子との出会いを夢見ているミーハーな侍女たちですら、ラウルは観賞用の美形と割り切っていた。


 その彼と、巷で大人気の恋愛小説家が、同一人物だなんて。


「私もいまだに信じられませんが、ラウル様といると納得できます。こう見えて、とってもロマンチストな方なんですよ」


 まだシュゼットが〝シシィ〟と名乗り、エリック・ダーエも自分がラウル・ルフェーブルだと明かしていなかった頃にもらった手紙は、うっとりするような言葉で彩られていた。


 暗号めいた秘密の待ち合わせや隠れ家での切ない求愛も、ラウル自身がロマンチストだから実現したようなものだ。


 ラウルのロマンチックエピソードをかいつまんで話していると、メグの顔はどんどん赤くなって息も荒くなってきた。


 お互いの正体を知って一度は別れを告げ、けれど相手を想う気持ちを止められなかったと打ち明ける頃には、好奇心でらんらんとしていた目には涙が浮かんでいた。


「……わたしが知らないうちに、そんな苦しい恋をしてらっしゃったんですね」


 メグは、前で重ね合わせていたシュゼットの手を取った。


「わたしは嬉しいです。シュゼットお嬢様がちゃんと愛してくれる人と巡り合えて」

「怒らないのですか? 私があなたに黙ってダーエ先生と繋がっていたことを」


 メグもシュゼットに負けず劣らず、エリック・ダーエの熱烈なファンだ。

 シュゼットは、自分だけ密かに彼と連絡を取り合える環境にいたことを責められて、嫌われても仕方ないとすら思っていたのに。


 不安げなシュゼットに、メグは彼女らしい朗らかさで応える。


「怒るなんてとんでもないですよ。大好きな人と憧れの人が結ばれるなんて、この上ない幸せなんですから。わたしはハッピーエンドの物語が大好きだって、お嬢様も知っているでしょう?」


 そうだった。メグはシュゼットと同じく恋愛小説が好きだが、特に苦労したヒロインが最後に幸せを勝ち取る物語を愛している。


「メグ……ありがとう」


 心を込めて告げると、メグも嬉しそうにこっくり頷いて――次の瞬間には、敏腕の秘書みたいにきりりとした顔でラウルを問いただした。


「それで、次回作はいつ出るんですか先生!」

「君は編集者みたいなことを言うんだな。俺の多忙さを知っているだろう。もう一年はかかる」


 それを聞いて、メグは目をキラリと光らせた。


「一年ですね。よし! だいたいの出版予定さえわかっていれば予約戦争を勝ち抜ける! すみませんが、仕事を抜けて本屋に予約しに行ってきます!!」


「え? ちょっと待ってください、メグ」


 シュゼットが止めようとしたけれど、メグは猪みたいに一直線に部屋を出て行ってしまった。

 その背中をラウルは呆れ顔で見送った。


「彼女は何を予約するつもりなんだろうな。刊行予定もタイトルも決まっていない本を予約させる本屋はないと思うが……」

「行動力のあるメグのことですから、無理だと言われても予約しようとして、店主さんと押し問答するかもしれません」


「出禁にならないといいな。君の親友なんだから、本ができたら俺から一冊渡すに決まっているのに」


 ラウルは肩をすくめてから、シュゼットの背に手を当てた。

 大きな体が近づいて、ふわっと甘い匂いがする。


「今のうちにお茶でもしよう。天気がいいからテラスにテーブルを出すのがいいな。薔薇の花びらを浮かべた紅茶に、蜂蜜をたっぷりのせたパンケーキを準備させる。そこで君が美味しそうに食べる姿を見たい」


「私が食べるところなんて見てどうするのですか?」


 きょとんとするシュゼットに、ラウルは目を細めて笑いかけた。


「愛する人のいろんな顔を見たいと思うのは自然なことだろう?」


 氷のように冷淡な表情が、熱いパンケーキにのせたバターみたいにとろけている。

 そんな彼の表情を見たら、シュゼットの顔がぶわっと熱くなった。


 乙女心をしっかりつかんで離さないラウルは、やはり。


(とびきりのロマンチストです)

「おさがり姫の再婚」をお読みいただきありがとうございます!

 今回のメグとのSSは、本編を書いている間ずっと表に出したいと思っていました。

 シュゼットなら、同担(?)のメグを差し置いて推しと繋がっている罪悪感を持っていそうだなと思って……。

 実際に書いてみたら見せ場をラウルに持っていかれましたが、主役はメグです。ご承知おきください。


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