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完結記念SS① 元王妃、ルフェーブル公爵家に入る

 アンドレを追放した後、ラウルはすぐさまシュゼットのために動き出した。


 結婚生活の間、一度も夫の手が付かなかったとはいえ、離婚歴がついた女性に対して上流階級の目は厳しい。


 しかもジュディチェルリ侯爵家は爵位を返上して平民となった。

 一家総出でシュゼットをいじめ抜くような連中だ。ほどなくして離散するだろう。


 実家の後援も期待できないとなれば、いよいよシュゼットの人生は立ち行かなくなる。


(離婚の慰謝料として多額の持参金を用意する方針だが、それだけでは困る)


 ラウルは、自分とシュゼットが無事に結ばれる物語を描こうとしていた。


 次期公爵となる自分と結ばれるには、元王妃の平民ではいけない。

 せめて同じくらいの家格の貴族に返り咲かせなければ、二人の未来は閉ざされる。


 新たな少年王リシャールの補佐として国王の役目を教えながら、出版社からの原稿を所望する声をはねのけて、ラウルは奔走した。


 そして今、シュゼットはルフェーブル公爵家の居間の椅子にちょこんと座っていた。

 ベールを取り払った顔はあどけなく、緊張した表情で部屋を見回している。


「あの、本当に今日からここで暮らしていいのでしょうか。急に来て、公爵家の皆さまはご迷惑ではありませんか?」


「君がこの家に来てくれて皆喜んでいるよ。そうでなければ、父も母もリシャール様もあんなに俺を応援してくれるはずがない」


「宰相やリシャール様も味方でいてくださるのは心強いですが、その……使用人の方々は?」


 そう言って、シュゼットは口を閉ざした。

 顔は青白く、血の気が引いているように見えた。


 彼女はジュディチェルリ家にいた頃、実の両親や姉だけでなく使用人にまで虐げられていたという。貴族の邸宅に入って、当時を思い出してしまったのだろう。


 ルフェーブル公爵家の使用人は真面目で、執事から侍女、下女下男にいたるまで仲がいい。


 しかし、それを来たばかりのシュゼットに話しても無意味だ。

 彼女自身が体感して、心を開いてもらわなければ意味がない。


「うちの使用人は心優しい人々ばかりだ。そんなに心配なら様子を見てこよう」


 ラウルは居間を出て、スティルルームに向かった。

 紅茶を入れたりお茶菓子を準備する部屋で、専属のメイドが働いている。


 ちょうどティーワゴンを押してきた中年のメイドは、ラウルを見つけて破顔した。


「これからお部屋に向かおうと思っていたんですよ。喫茶店のご店主が、お祝いのケーキを持ってきてくださったので」


 ワゴンには、例の偏屈な老人がやっている喫茶店の名物・スフレケーキが二皿あった。


 長年生きていると観察眼が磨かれるのか、店主はエリック・ダーエの正体がラウル・ルフェーブルだということも、ラウルが元王妃シュゼットを迎えいれる用意を整えたこともお見通しだった。


 ケーキはそのお祝いだろう。


「店主に礼状を書いておこう。シュゼットもそのケーキが好きなんだ」


 ケーキを口に入れたシュゼットを思い浮かべると、自然と顔が緩む。


 はにかんだラウルは、メイドと並んで居間に引き返した。

 途中ですれ違う使用人たちもわくわくした様子で話しかけてくる。


 これだけ歓迎されていると、どうしたらシュゼットはわかってくれるだろう。


 居間のドアをそっと開ける。

 中からシュゼットの声が聞こえてきて、ラウルはドアを途中で止めた。


「――どうしたらルフェーブル公爵家の皆さまと仲良くなれるでしょうか?」


 シュゼットが問いかける声だった。

 しかし居間には彼女以外の誰もいない。


 話しかけた相手は居間にあるピアノのようだ。

 シュゼットは、ラウルには聞こえない声に熱心に返事をした。


「皆さんおしゃべりなので、できるだけ話をすること……はい、はい。私もお話をするのは好きなのでやってみます。教えてくださってありがとうございました」


 律儀に一礼するシュゼットを見て、ラウルは口元で微笑んだ。


(こんなに懸命な人を、誰が嫌いになれるというんだ)


 ラウルは黙って待つメイドを振り返った。


「シュゼットはとても素晴らしい女性なんだ。読書好きで心が綺麗な人でもある。仲良くしてあげてほしい」


「わたくしどもの方こそ気に入っていただけるか心配ですわ。使用人はおしゃべり好きばかりなので面倒に思われないといいのですけど」


「彼女も話すのは好きなようだよ。たくさん話して、彼女が何を好きなのか俺に教えてくれ。まだエリック・ダーエの恋愛小説と、スフレケーキが好きなことしか知らないんだ」


 ドアを開けて居間に入ると、シュゼットは立ち上がった。


 ラウルがメイドを紹介し、店主がスフレケーキを持ってきてくれたことを話すと、彼女は嬉しそうに笑った。

 その表情は、顔に傷跡があるのを忘れるくらいに美しく、人に愛される顔だった。


 シュゼットはがルフェーブル公爵家の面々に気に入られるまで、大して時間がかからなかったのは言うまでもない。


「おさがり姫の再婚」をお読みいただきありがとうございます!

完結記念SS①をお届けです。ラウルさんが頑張った証!

ちなみに、この間もエリック・ダーエ先生の原稿は順調に遅れています。


評価やコメント、レビューなどまだまだ募集中です。

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