表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/84

78話 恋が叶う瞬間

「!」


 馬車の扉に手をかけようとしたところで、馬の陰から人影が現れた。


 稲穂のように鮮やかな金色の髪と宝石をはめ込んだような碧眼は、まるで小説の中から現れたヒーローのようだ。

 腕には原稿用紙を抱えていて、身につけた騎士服の袖はインク汚れがついている。


「ラウル様、どうしてここに……」


 信じられない様子のシュゼットに、ラウルはほっとしたような表情になった。

 すかさず扉に手をついて、客車に乗り込めなくされる。


「父上では引き留められなかったようだが、間に合ってよかった」

「お別れをしに来てくださったのですね」


 黙って去りたかったが、ラウルは律儀な人だ。

 仕事を抜け出してシュゼットを見送りに来たのだろう。


 シュゼットは両手を重ねて頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたのおかげで私は自由になれました」


 酷い両親と姉。

 つらい結婚生活。

 傷跡を持つ負い目。

 おさがり姫というあだ名。


 シュゼットを苦しめていた全てを乗り越えられたのは、ラウルが力を尽くしてくれたからだ。


「私は今日で王都を去りますが、どうかお元気で」


 悲しそうな笑みを見せられて、ラウルは真顔になった。

 馬車に当てた手をぎりっと握りしめて、声を張る。


「君は、恋を叶えたくないのか?」

「え?」


 きょとんとするシュゼットの前に、ラウルは抱えていた原稿用紙を差し出した。


「俺は諦めない。この国中、敵に回しても君を手に入れると決めた」


 そして、ばっと放り投げた。

 足下に落ちた一枚を拾ったシュゼットは、目を通して首を傾げた。


 書きかけの小説かと思ったが違う。

 丹念に描かれた文章には、貴族議会の採択を行った証明である、国王リシャールと宰相ルフェーブル公爵の押印がなされている。


「これは……」


「シュゼット・ジュディチェルリの身上に対する陳述書だ。王族をかたるアンドレに騙されて名ばかりの王妃をやらされた君は、清い身のまま独身に戻ったと認められた。そして、爵位を取り上げられたジュディチェルリ侯爵家とは別に、特例で一代限りの女侯爵の地位を与えられる」


「私が、貴族に?」


 にわかには信じられなかった。

 偽王の王妃だった過去を背負い、平民に落ちた自分は、田舎に隠れ住むしか生きていけないと思っていたのに――。


 ふわふわした心地で視線を上げると、ラウルの目の下にクマができている。

 彼は、リシャールを支えるために多忙なのだと思っていたけれど、本当は。


「私を救うために、議会にかけあっていたのですか?」


「俺は諦めが悪いんだ」


 今にも泣き出しそうなシュゼットの手を取って、ラウルは照れくさそうに微笑んだ。


「シュゼット、俺はどんな名声や財宝よりも君がほしい。俺は、カルロッタのおさがりとして君に与えられた物とは違う。君自身に選ばれるためなら何だってできる男なんだ」


「あなたを望んで、本当にいいのですか?」


 シュゼットは震える唇で問いかける。


「もう何も、諦めなくていいのですか?」

「ああ」


 頷くラウルを見たら、ぶわっと涙があふれてきた。


「っ、ラウル様」


 シュゼットは腕を広げてラウルに抱きついた。

 頬を伝う涙をそのままに、結ばれなかった間の寂しさを埋めるように力をこめる。


「私、ラウル様と一緒にいたいです。もう二度と離れたくない」

「俺もだ。……愛してる」


 ラウルもシュゼットを強く抱き返してくれた。


 はたから見れば、シュゼットは姉の元婚約者というおさがりを手に入れたように見えるだろう。


 けれど、ラウルは与えられたものではない。


 シュゼットが自ら恋し、心から結ばれたいと願った、この世でただ一人の相手なのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ラウルさんの、「俺は諦めが悪いんだ」という言葉がぴいすのお気に入りになりました。 1話から怒涛の勢いで読んだのですが、本当にきれいな描写で美しい! すごいです!! まだまだ連載でしょう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ