76話 離婚と後始末
王太后ミランダの裏切りは、フィルマン王国に衝撃をもたらした。
アンドレの退位、そしてリシャールの即位が早急に行われ、王妃だったシュゼットも王家を去ることになった。
「ジュディチェルリ家に戻るのは嫌です」
宰相との面談で、シュゼットははっきり告げた。
衿の詰まった動きやすいドレスを身につけたシュゼットは、ベールを被らず、傷跡も隠していない。
議事堂での一件で吹っ切れたのだ。
シュゼットは本当の自分を隠して、常に警戒していなければ自分を守れないと思っていた。
けれど、宮殿にきて周りを見てみたら、シュゼットには味方がたくさんいた。
傷跡があってもかまわないと受け入れて、シュゼットのために怒り、悲しんでくれた人々に、偽りの姿を見せたくない。
アンドレは辺境へ連行された。
前王を、そして国中を騙した罪を償うため、鉱山で死ぬまで労働させられるという。
カルロッタの罪はさらに重かった。
アンドレと同じ罰を言い渡された際に裁判官を罵ったため、着の身着のままで国外追放されることになったのだ。
爵位を剥奪されたジュディチェルリ侯爵家からは、使用人が逃げ出した。
財産はカルロッタがほとんど食いつぶしており、貴族の身分を振りかざして方々にした借金の取り立ても盛んになったと聞く。
両親の性格上、平民のように働くのは無理だ。
慎ましく息をするだけの生活だってお金がかかる。
シュゼットが帰ったら頼られるに決まっている。
そんなところに戻りたくはなかった。
「離婚の慰謝料として、王家からはまとまったお金をいただきました。私は、田舎に小さな家でも買って、そこで自活したいと思っています。ありがたいことに、メグという侍女が世話を続けてくれると名乗り出てくれました。女二人くらいならば、慰謝料で死ぬまで生きていけます」
頑ななシュゼットに、宰相は心配そうに腕を組んだ。
「女性の二人暮らしは大変ですよ。どこかで必ず男手が必要になりますし、雇う相手も選ばなくてはなりません。我がルフェーブル公爵家に身を寄せられてはいかがですか?」
ラウルもいますし、と宰相は笑う。
宰相はラウルとシュゼットがお互いに恋焦がれていることをお見通しだった。
しかし、シュゼットはそれではだめだと首を振る。
「これ以上ラウル様に迷惑をかけたくないんです。私は名ばかりの王妃でしたが、前王と離婚した事実は一生ついて回ります。もはや貴族でもない私と関係を続けては、ラウル様の評判が落ちます。せっかくリシャール様を補佐する大事な役目を仰せつかったのに、台無しにしてしまいます」
ラウルは、相変わらず国王補佐を続けている。
アンドレに比べてリシャールは勤勉で物分かりがいいので、ストレスはさほど溜まっていないようだ。
貴族もアンドレを陰ながら支え、国を動かしていたラウルに一目置いている。
(ラウル様は、有力な名家の令嬢と結婚して、リシャール様の治世を支える体制を整えるべきです)
没落し、平民に成り下がったシュゼットでは、次期公爵のラウルとは身分違いだ。
愛し合っていても結婚はできない。
そして、結婚せずに関係だけ続けるような汚い真似を、彼にさせたくはない。
ラウルの幸せを願うならば、シュゼットはここで身を引くべきだ。
「そろそろ出ないと、宿屋にたどり着く前に夜になってしまいますので失礼します。ラウル様に伝言をお願いできますか。いつもあなたの幸せを願っています、と」
「ラウルがそれで納得するとは思えません」
「私もそう思います」
シュゼットは、ふふっと微笑んで面会室を出た。
彼女を玄関口まで送っていった宰相は、廊下に控えていたバルドに目を丸くした。
「君がいるということは、間に合いそうかい?」
「あのラウル様ですよ? 無理を通すに決まっています」