75話 少年王の誕生
「そんな……」
ショックを受けたアンドレは、椅子から崩れ落ちて床に膝をついた。
裏切りの証である銀髪が揺れる。
現レイエ伯爵であるジュリーも注目を集めたが、彼女もまた父の裏切りにあった身なので責める者はいなかった。
宰相は、騒然とする会議場を見渡して、冷静にと呼びかけた。
「我らは掲げる人物を間違っていたようですね。アンドレ様は政を放棄して遊び呆けておられたので、丸投げされた仕事は全て私の愚息が処理していました。不誠実な国王で、さらに前王の血を引いていないとなれば、もはや在位は認められません」
そこで言葉を切ると、宰相は演台に両手をついた。
「議会の代表として現国王の退位を求めます。および、継承権第一位であるリシャール王弟殿下の即位を決議いたしたい!」
「異議なし!」
「リシャール様を王座へ!」
わっと歓声が沸いた。
貴族たちの好意的な反応を確認したラウルは、目を丸くしていたリシャールに手を伸ばす。
「リシャール様、こちらへ」
「う、うん」
リシャールは、ドキドキする胸を手で押さえてシュゼットとラウルの元に歩み寄った。
ぼう然としている兄アンドレを不憫そうに見てから、シュゼットの手を取る。
「シュゼットお姉様。僕に国王が務まるでしょうか?」
「リシャール様なら大丈夫です。きっとフィルマン王国の歴史に名を残す、素晴らしい国王になられます」
「そうなるように、お姉様にそばで見守ってほしいです……」
リシャールは、シュゼットの手をぎゅっと握った。
そして、呆然自失となったアンドレと縄を抜け出そうとあがいていたカルロッタに眼光鋭い視線を向けた。
「シュゼットお姉様を苦しめたお兄様とカルロッタに罰を与えます。二人を国外へ追放し、ジュディチェルリ侯爵からは爵位を取り上げなさい!」
新たな王の命令に、衛兵たちは忠実に動いた。
議会場から連れ出されるカルロッタとアンドレ。
シュゼットは姉に声をかけようとして……やめた。
(大好きでしたと伝えても、お姉さまはからかいだとお思いになるでしょう)
カルロッタには辛い目に遭わされた。
だけど、シュゼットは心の底から姉を嫌ってはいなかった。
実家で蔑まれていた間、シュゼットを支えてくれていたのはカルロッタのおさがり品だった。
彼女がおさがりを与えてくれなければ、シュゼットは侯爵家にいながら生活に困っていただろう。
(最初の頃は、お姉さまも善意から私におさがりをくれていたのです)
けれど、それを使用人に知られてからは、虐めの一環ということにしないとカルロッタ自身も非難された。
カルロッタは、意地悪な姉を演じているうちにおかしくなってしまったのだ。
そういう意味では彼女も被害者と言える。
「リシャール様。どうぞ王座へ」
ラウルにうながされて、リシャールはこくりと頷く。
その表情は幼くも、どことなく前王を思わせる威厳があった。
シュゼットは、リシャールの手を取ってアンドレが座っていた椅子に導く。
リシャールが座ると、新たに生まれた少年王に、貴族たちはいっせいにかしずいた。