74話 27年前のあやまち
「日頃の行いでしょうね」
ここまで静観していた宰相が立ち上がった。
「国王陛下、なぜ王妃様をないがしろになさったのですか?」
問いかける声には咎める色があった。
アンドレはというと、どうして自分が責められているのか分からない顔で足を組む。
「そうしたかったから以外の理由がいる? だって僕は国王だよ。この国で一番偉いんだから、妻だって僕の方針に従うべきだ。僕が嫌だと言ったら身を引くべきだし、代わりの女を用意するのが当たり前じゃない?」
肩をすくめるアンドレの姿に、集まった貴族たちは幻滅した。
彼らは、アンドレに聡明な前王の面影があると思っていたから仰いでいたに過ぎない。
貴族は、オオカミの群れのように一頭一頭が狡猾だ。
上流階級において、愚か者は食い荒らされて没落していくのが道理。
国王という立場を着込んだだけの張りぼての若造に、親切に付いていくようなお人よしはいない。
アンドレが貴族に見捨てられる。
これはラウルがもっとも危惧していた展開だった。
「ラウル、お前は王妃様のそばにいて差し上げなさい」
沈黙した息子の肩をぽんと叩いて、今度は宰相が演台に立った。
「アンドレ様。あなたには国王たる素質がないようだ。愚息が身をやつして支えても、感謝の一つもされなかったと聞いています。なぜこんなにも王族らしくないのかと思っていましたが、愚息がついにその理由を見つけたようです」
バルドが宮廷録を運んできた。
演台に置かれた六冊を見て、アンドレは顔をしかめる。
「何の話?」
「どうしてそれがあるの!?」
ほぼ同時に上がった絶叫は、会議場の後方から響いた。
両手を頬に当てて立ち上がっていたのは、特別席で見守っていたミランダだった。
彼女は髪やドレスが乱れるのもかまわず、鬼気迫る様子で駆け下りてきて、宮廷録に手を伸ばす。
「それを渡しなさい!」
「なりません」
衛兵長によって止められて、ミランダは膝から崩れ落ちる。
ラウルはバルドが並べた宮廷録から、ちょうど二十七年前の一冊を持ち上げた。
「これらはアンドレ様がお生まれになってから前後三年分の宮廷録です。宮廷録は宮殿と王立図書館と公文書館に保管されているはずですが、この六冊だけが欠けていました。それを見つけてくださったのは、王妃様です」
目元からすっと力を抜いて、ラウルはシュゼットを見つめた。
(分かりました)
シュゼットは、キッと眉を上げた。
これまで、エリック・ダーエの小説に救われてきた。
どんなに辛い境遇でも華麗に戦うヒロインたちに、生きる勇気をもらってきた。
(今度は私が)
この〝おさがり姫〟という物語のヒロインとして戦い抜いてみせる。
シュゼットは議会場のすみずみまで響き渡るように声を張った。
「その宮廷録は、祖父が隠し棚に入れていたものでした。なぜ隠したかというと、王太后様の命令で焼き払われそうになったからです」
「お願い、もうやめて!」
アンドレは、泣き崩れるミランダを見てようやく何事か察したらしく、さっと顔色を変える。
「まさか、僕は」
おののくアンドレが聞き逃さないよう、シュゼットは一字一句ゆっくりと伝えた。
「陛下は、前王のお子ではございません。それは、王太后様が一番よくご存じのはずです」
「本当なの、お母様?」
息子に問いただされたミランダは、厚塗りの化粧が落ちるほどの涙を流しながら、真実をぶちまけた。
「そうよ。アンドレは陛下の子ではないわ。愛していたレイエ家のお兄様との間に授かった子だった! わたくしは他の人となんて結婚したくなかったのに、望まない結婚をさせられた! その腹いせにアンドレを生んだのよ!!」




