72話 二人の関係は愛か不義か
優しい碧色の瞳と視線があう。
(ごめんなさい)
これから、ここはシュゼットとラウルを断罪する舞台になる。
シュゼットがアンドレの仕打ちにどれだけ傷つき、ラウルの存在に救われたか弁解したくても、毒のせいで声が出せない。
意気揚々と入場してきたカルロッタに、ラウルは立ち上がって言い放った。
「王妃様に何をしている。その女を捕えろ!」
駆け寄ってきた衛兵をものともせず、カルロッタは笑い声を響かせた。
「そうやって偉ぶっていられるのも今のうちよ。国王陛下、今日はあたしの妹についてお耳に入れたいことがあってまいりました」
うやうやしいお辞儀を、シュゼットは後ろからながめる。
アンドレは興が乗った様子で、衛兵を手で追った。
「カルロッタの発言は、国王である僕が許すよ。ラウルも黙ってて」
「しかし……」
なおも食い下がろうとするラウルを、宰相が止めた。
「ラウル、陛下のご命令だ」
父にまで言われては引き下がるよりない。
席についたラウルは、心配そうなリシャールの背に手を当てて押し黙った。
舞台が整ったとばかりにカルロッタは演壇にのぼり、大げさな手ぶりで話し出した。
「お集まりの皆様に申し上げます。王妃様は、そこにいる国王補佐のラウル・ルフェーブルと不義の関係にありますわ!」
議会にざわっとした動揺が走った。
ラウルの方を見るのが怖くて、シュゼットは目を伏せる。
その様子は事実だと認めているかのようだ。
「へえ……。虫も殺さないような顔で、やることはやってたんだ」
自分のことは棚に上げるアンドレに、カルロッタは上機嫌で頷く。
「そのようですわ。あたし、王太后様が主催の舞踏会の最中に見ましたの。二人が人目をはばかって会っているところをね」
(違います。ラウル殿は、お姉さまに陛下を取られた私を慰めに来てくれたんです!)
声が出ないか口を開けてみる。
けれど、息は音を結ばずに喉を素通りしていった。
悔しくてシュゼットは奥歯を噛んだ。
(裏切ったのはお姉さまと陛下の方だと言ってやりたいのに)
これでは何もできない。
身を固くするシュゼットに、アンドレはうろんな視線を向けた。
「言い訳なら聞くけど?」
「…………」
「無視か。まあいいや。もう一人の裏切り者もそこにいるし」
アンドレは、シュゼットを追及するのは諦めて標的をラウルに変えた。
「王妃と特別な関係だったというのは事実なの?」
「はい」
(えっ!?)
ラウルがあっさり認めたので、思わずシュゼットは顔を上げていた。
彼は、難しい顔で腕を組む宰相に一礼して堂々と立ち上がる。
「私が王妃様と個人的に会っていたのは事実です。しかし、それには理由があります。陛下はご存じでしょうか。王妃様が長らくご実家で〝おさがり姫〟と呼ばれ、虐げられていたことを」
再び会場が揺れた。
社交界にもシュゼットの異名は流れていたので、貴族たちは「あの噂は本当だったのか」と囁きあう。
知らなかったリシャールは戸惑っている。
シュゼットを責める色が濃かった議会に一石を投じたラウルは、さらに揺さぶりをかけた。
「王妃様をそう呼び始めたのは、実の姉であるカルロッタ嬢だったそうです。ジュディチェルリ侯爵。あなたは侯爵夫人と共に、王妃様を屋根裏部屋に押し込めて、使用人のように扱っていたと聞いていますが?」
剣のように鋭い目を向けられたシュゼットの父は、うろたえて席から落ちそうになった。
「いっ、今はその話は関係ないだろう! シュゼットを虐めていたのはカルロッタだ」
「何を言っているのよ! お父様やお母様だってシュゼットをないがしろにしていたじゃない!」
二人は大勢の前だと言うことも忘れて、罪をなすりつけ合った。
ラウルは、気色ばんだカルロッタの周りをカツカツと靴音を立てて歩く。
(会場の空気が変わりました)