66話 だんまりの王太后
舞踏会の夜、シュゼットとのキスを目撃されたラウルは、これで自分は国王補佐を外されると思った。
王太后ミランダが証言すれば、王妃の不義はまたたく間に社交界に広がるだろう。
しかし、あれから一週間が経っても身の回りに変化はない。
宮殿で働く貴族たちも、噂好きの侍女たちも何も知らないようだ。
ミランダが暮らす別邸の方を探ってみたが、そちらの使用人たちも変わらずである。
(王太后様は、なぜ誰にも話さないんだ)
シュゼットをいびっていた彼女だったら、この機会を見逃さずに虐めぬくと思ったのに……。
「ラウル様」
バルドに話しかけられて、ラウルは現実に引き戻された。
扉から中途半端に顔を出して、従者が眉を下げている。
執務もだいぶ片付いた午後、もうすぐ待ち人が来るので彼には面会室の準備をしてもらっていた。
「どうした?」
「そのう、王妃様がいらっしゃっています」
「何?」
ラウルは急ぎ足で廊下に出た。
そこにいたのは短いベールで顔を隠したシュゼットだった。
会う約束はしていない。
彼女がわざわざここまで来たのは、何かあったに違いない。
ラウルはバルドに頷いて、彼女だけを執務室に引き入れた。
「何かあったのか? 俺とのことで、王太后様にいびられたとか」
「何もありません。ないから、おかしいと思っているんです」
ラウルが変化のない日常をいぶかしんでいたように、シュゼットも違和感を覚えたらしい。
ベールを外したシュゼットは、不安そうな目でラウルを見上げた。
「どうして王太后様は私たちのことを話さないんでしょうか。私のことを嫌っているようですから、絶対に問題になさると思っていたのに……」
「言えない理由があるのかもしれない」
不安がるシュゼットの頬を、ラウルは心配そうに撫でる。
「少し痩せてしまったな。心配で喉を通らないのかもしれないが、ちゃんと食べてくれ。可愛い顔が台無しだ」
「わ、私は別に可愛くないです」
シュゼットは、さりげなくラウルの手から離れた。
(まただ)
ラウルがカルロッタと婚約者だったと聞いてから、シュゼットの様子がおかしい。
姉を憎んでいるせいかと思ったが、どうも違うようだ。
(おさがり姫という呼び名と関係あるのだろうか)
バルドがちらちら見てくるのに気づいて、ラウルは時計を見た。
「すまない。もうすぐ面会の時間なんだ」
「どなたとですか?」
「レイリ伯爵だ。君が見つけてくれた六年分の宮廷録の謎を解くために呼んだ」
宮廷録と聞いて、シュゼットは姿勢を正した。
表情はキッと引き締まり、まなざしには文官のような聡明さが宿る。
「私も同席させてくれませんか? 祖父がなぜあの宮廷録だけ隠していたのか、知りたいんです」
紛失していた宮廷録を見つけたのはシュゼットの功績だ。
そして、六年の間に浮かび上がったアンドレ出生の謎については、当然、彼の妻である彼女にも知る権利がある。
「面白い話ではないと思うが……」
「王妃命令でもだめですか?」
そこまで言うならとラウルは頷いて、ベールを被り直したシュゼットを面会室までエスコートした。