65話 おさがりの呪縛
「ラウル・ルフェーブルが走っていくのが見えたから、何かあると思って来てみたら。こういうことだったの。国王補佐と密会だなんて、あんたもやるときはやるのね」
カルロッタに嘲笑されると、シュゼットの体がすくむ。
ラウルはシュゼットを背にかばって反論した。
「カルロッタ嬢、王妃様は何も悪くありません。私が一方的に迫っていただけです」
「ち、違います。悪いのは私です!」
お互いをかばう様子は、カルロッタを余計にたかぶらせた。
「何が違うのよ。アンドレ様を放ってキスする関係が不義以外の何だっていうのよ」
「放って……?」
シュゼットの胸の奥がチリッと焦げた。
今まで受けた仕打ちを思い出したら黙っていられなかった。
ラウルを押しのけるように前に出て、姉に食ってかかる。
「私は、陛下を放っておいたことなんてありません。初夜の晩からずっと、陛下が逢いに来てくださるのを待っていました。結婚相手を放っておいたのは陛下の方です!」
結婚式の夜から一人で眠っているのも、いまだに懐妊していないのもシュゼットのせいではない。
消えない傷跡をつけたのも、望まない結婚を受け入れたのも、全てアンドレだ。
「あのとき、陛下とまぐわうお姉様を見て私がどれだけ傷ついたか分かりますか。毎日知らない女性と過ごされて、ないがしろにされる気持ちが分かりますか。私の婚約者だと知っていながら、陛下を誘惑して関係を持っていたお姉様に、そんなことを言われる筋合いはありません!」
顔を真っ赤にしての精いっぱいの反論を、カルロッタは鼻で笑った。
「昔から口だけは達者よね。あんたが何を言おうと、陛下が選んだのはあたしなのよ。あんたはあたしのおさがりがお似合いだって、自分でも分かってるはずよ。だから、その男を選んだんでしょう?」
赤いネイルを施した指がラウルへと向いた。
ラウルは口を一文字に引き結んで、カルロッタをにらんでいる。
「その男は、あたしの婚約者だった男よ。かわいそうなシュゼット。あんた、またあたしのおさがりにすがるのね」
「お姉さまとラウル殿が、婚約……?」
知らなかったシュゼットは、目を見開いてラウルを見た。
彼は、ばつが悪そうな表情で目を伏せる。
「昔の話だ」
「そんな……」
昔とはいつ頃なのだろう。
ラウルとカルロッタはどんな関係だったのだろう。
姉ともさっきのようなキスをしたのだろうか。
そう考えたら、胸が締め付けられた。
カルロッタは巻き下ろした髪を手で払って、わざとらしくシュゼットを憐れんだ。
「本当に馬鹿な子だわ。もう二度とあたしを出し抜けたと思わないことね。あんたは王妃になってもみじめな〝おさがり姫〟のままなのよ」
衝撃を受けるシュゼットを置き去りにして、カルロッタは部屋を出て行った。
ミランダは凍り付いた表情でシュゼットを見つめている。
もはや手遅れだと思いつつ、ラウルはかしずいてミランダに希った。
「王太后様、王妃様をお責めにならないでください。悪いのはこの私です」
「…………」
何も言わずにミランダは控室を出て行った。
普段の彼女らしくない、陰鬱な空気を引きずって。
「……心配はいらない。何があっても、俺が君を守る」
「いやっ」
立ち上がって抱きしめてくるラウルの腕を、シュゼットは思わず振り払っていた。
この手で、カルロッタを抱きしめたことがあると思ったら、もうだめだった。
嫌悪感に吐きそうになるシュゼットを、ラウルは驚いた顔で見つめてくる。
「シュゼット?」
「すみません。少し、時間をください……」
シュゼットはラウルを愛している。
一方で、彼を愛してしまったら、永遠にカルロッタに囚われ続けるという絶望が抜けない。
(私は、彼を愛していいのでしょうか)
答えが出ない。
とにかく今は、一人になりたい。
シュゼットの気持ちを察して、ラウルは帰りの馬車の手配をしてくれた。
暗い馬車に揺られながら帰り着いた宮殿で、シュゼットは眠れぬ夜を過ごしたのだった。